第11章 セロトニン再取り込み薬(SRIs)v2.0


第11章 セロトニン再取り込み薬(SRIs)v2.0
有効性と安全性
作用メカニズム
薬剤相互作用
性機能障害
SRIsの他の副作用
絶好調症候群(プロザックの不思議な力に頼る)
アパシー症候群(プロザックの不思議な力に頼り過ぎた場合)
11-2 自殺とアカシジア
11-3 各種SRIs
11-4 フルオキセチン(プロザック、日本未発売)
11-5 セルトラリン(ゾロフト、ジェイゾロフト)
11-6 パロキセチン(パキシル)
11-7 シタロプラム(セレクサ、日本未発売)
11-8 フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)
——◎ここがポイント◎———————————————————–
・セロトニン再取り込み阻害薬は特に効きがいいわけではなくて副作用が少なくて認容性が高い
ことが利点である。
・フルオキセチンは半減期が最も長く、最も強いノルアドレナリン作動性効果がある。
・セルトラリンは軽度から中等度のドパミン作用がある。
・パロキセチンは軽度から中等度の抗コリン作用があり、大量に使うと軽度から中等度のノルア
ドレナリン作用がある。
・フルボキサミンは強迫性障害(OCD)で最もよく用いられる。
・シタロプラムはSRIsの中で最も純粋なセロトニン系薬剤であり、高齢者でも特にしばしば副作
用なく使われる。
・薬剤相互作用はセルトラリンとシタロプラムが最も少ない。フルオキセチンが最も多い。パロ
キセチンとフルボキサミンは中間である。
・SRIsは自殺の危険を少量ではあるが確実に増加させる。時に危険なのは誤診された双極性障害

での混合状態とアカシジアであり、自殺に結びつく。

有効性と安全性
SRIsが三環系抗うつ薬よりも有効であるという証明はないが、副作用が少ないので患者は我慢し
やすい。これは強調してよい点である。合衆国の医師はもっぱらSRIsだけを使うが、SRIsのなか
でとっかえひっかえすることがしばしばである。時には新規非定型抗うつ薬を試すようだが、三
環系抗うつ薬やMAOIsを使うことはまれである。これは医師はSRIsの効果を他の薬剤と同等かそ
れ以上と見なしているからなのであるが、事実はSRIsよりもTCAs、MAOIs、ベンラファキシンの
方が有効な場合があり、それは特に入院患者とメランコリータイプの場合である。安全性は重要
であり、そこにSRIsが頻用される理由がある。時に医師は薬理学的な安全性と臨床的な安全性を
混同している。つまり、直接の生理学的な効果からいえば致命的ではないことを根拠に、医師は
どんな場合もSRIsが安全で非致死的な薬剤であると思っているようだ。しかしそうでない場合も
あるので注意が必要であり、それは双極性障害とアカシジアの場合である。双極性障害ではSRIs
は混合状態を引き起こし、それが高率で自殺に結びつく。またSRIsが原因となるアカシジアが
あり、それも自殺に結びつく。従って、薬理学的に安全だからといってどんな状況でも使って安
全というわけではない。第一版にこのコメントを書いたので、FDAは特に子供の場合に、最も注
意を喚起する形式である「黒枠警告」を義務づけた。これは重要なので後述する。
作用メカニズム
SRIsでは全て作用は共通で、セロトニン再取り込み阻害作用であり、抗うつ作用の本質である。
しかしセロトニン再取り込み阻害の強さは様々であり、他の生化学的効果もいろいろである。そ
こでわたしは一般的な短縮語であるSSRIs(Selective SRIs)を用いずにSRIsと表記して、実際には
セロトニン選択的ではないことを強調したい(表11.1)。
——表11.1 SRIsの作用メカニズム———————-
1.ノルアドレナリン作用:フルオキセチン、(大量の)パロキセチン
2.ドパミン作用:セルトラリン

3.セロトニン再取り込み阻害作用最強力:シタロプラム、フルボキサミン、パロキセチン

薬剤相互作用
他の薬剤の場合にはこのように肝臓チトクローム酵素に注目が集まることはないのだが、SRIsの
場合には各種類で肝臓代謝酵素が異なり、そのことが薬剤選択の決め手になる。この章で詳述す
るが、表11.2がまとめである。
—–表11.2 SRIsの薬剤相互作用———————————————————
セロトニン症候群:MAOIs,トラゾドンも可能性あり
抗精神病薬:アカシジア
肝臓チトクローム酵素阻害(12章で詳述):薬剤血中濃度を高くする。抗精神病薬、TCAs、バルプ
ロ酸、カルバマゼピン
絶対的禁忌:フルボキサミンとケトコナゾール、テルフェナジン、アステミゾール(チトクロー

ムP450 3A4の阻害により血中濃度が上昇し不整脈)

性機能障害
SRIsでは性機能障害が最も多く見られる副作用である。初期の統計では低めに出ていたが、後
になってSRIsを長期使用した患者の約50%に見られている。機能障害は性欲減退からオーガスム
不全や勃起不全まで幅がある。性機能障害の原因の一部は5HT-2レセプター刺激である。逆にこの
レセプターをブロックする薬剤であるネファゾドンやミルタザピンでは性機能障害が少ない。週
末休薬が特にセルトラリンで行われ、この副作用を少なくできる。性機能障害に関しては医師も
特に診察しないことも多いので、実際の頻度は低めに見積もられることが多いだろう。患者も積
極的には問題にしないことが多いし、そもそも医学的問題だと認識していない人も多い。
—–ヒント—————————————————-
SRI起因性の性機能障害についてはあえて質問しなければならない。多くの患者は積極的には話し

たがらない。

性機能障害は薬剤起因性でもあるが、うつ病そのもので起こることでもあるので頻度は高いし、
鑑別も困難である。他の症状はよくなっているのに性機能障害がよくなっていないときには薬剤
が原因ではないか疑うべきであり、そのためにも質問する必要がある。
SRIsの他の副作用
SRIs全体によく見られる副作用は消化管症状と睡眠障害である。消化管では吐き気と下痢が多い
。よく認識されていないことが多いのだが、実は脳よりも消化管の神経にセロトニンレセプター
が多く分布している。消化管の神経は中枢系とは独立した末梢神経で、ほとんどはセロトニンが
神経伝達物質で、レセプターは5HT-3である。対策としては、抗うつ薬ミルタザピンは5HT-3ブロ
ッカーで、従って消化管副作用はほとんどない。消化管副作用に対するもう一つの対処法はオン
ダンセトロン(ゾフラン、日本未発売)を加えることである。オンダンセトロンは選択的5HT-3レセ
プターのアンタゴニスト(拮抗薬)でありFDAは抗癌剤の化学療法による吐き気に対して適応を認め
ており、むかつくSRIに対して有効である。
—–日本の吐き気止め比較—————————————-
ドンペリドン、ナウゼリン
胃や十二指腸に存在するドパミン(D2)受容体を遮断することで、胃腸の運動を活発にします。
脳の嘔吐中枢を選択的におさえる作用もあります。
メトクロプラミド、プリンペラン
胃や十二指腸に存在するドパミン(D2)受容体を遮断することで、胃腸の運動を活発にします。
脳の嘔吐中枢をおさえる作用もあります。脳に働く関係上、手のふるえ、生理不順、乳汁分泌な
どの副作用がやや出やすいのが欠点です。
モサプリド ガスモチン
胃や十二指腸に存在するセロトニン5-HT4受容体を刺激して、アセチルコリンという物質を遊離さ
せます。そのアセチルコリンの作用により、胃腸の運動が活発になります。
胃腸にだけ作用するので、旧来の同類薬にみられるホルモン異常や不整脈の副作用がほとんどあ
りません。
ミルタザピン リフレックス レメロン

これは新規抗うつ薬であるが5HT-3レセプター・ブロッカーとして働く

睡眠に対するSRIsの影響もよく見られる。睡眠の構造は一つの睡眠ステージ(レム睡眠・ノンレム
睡眠のまとまり)から次の睡眠ステージへと進行して形成されるが、それには延髄と橋の縫線核部
位のセロトニン系神経が深く関わっている。睡眠の一つのステージから次のステージへの進行
をSRIsが妨げる。臨床的には鮮やかな夢と中途覚醒が見られる。トラゾドンは睡眠ステージ間の
移行を正常化するので、睡眠薬としてSRIと併用されることが多い。ネファゾドンとブプロピオン
もまた睡眠を改善する。
こうした睡眠への影響から、SRIsは一般に朝に用いられるべきであるが、パロキセチンで鎮静が
、またときにフルオキセチンで鎮静が起こるので、その場合は夕方に処方されるべきである。
絶好調症候群(プロザックの不思議な力に頼る)
Listening to Prozac: A Psychiatrist Explores Antidepressant Drugs and the Remaking of the Self is
a book written by psychiatrist Peter D. Kramer. Written in 1993, the book discusses how the
advance of the anti-depressant drug Prozac might change the way we see personality, the
relationship between neurology and personality.
Kramer coined the term “Cosmetic pharmacology”, and in this book he discusses the philosophical,
ethical and social consequences of using psychopharmacology to change one’s personality. He
asks if it is ethically defensible to treat a healthy individual to, for instance, help him climb a career,
or on the other hand, if it is ethically defensible to deny him that possibility.
プロザック(フルオキセチン)とSRIsが有名になったのは人々を「絶好調」にする可能性からで
あり、Peter Kramer が紹介したその考えによれば、気分変調症と慢性不安症状の混合物であるメ
ランコリー性格をSRIsが変えてしまうかもしれないという。SRIsによってメランコリー性格者の
不安が少なくなり外向的になる。そのことでハッピードラッグと呼ばれた。この話題は多くの論
争を呼び、本当にそうなのか、またそうだとすれば、倫理的にどうなのか、また臨床的に何を意
味するのか。10年の議論の後、私の印象では一部の患者は実際にそのような反応を見せるが、そ
れは一部は性格変化であり、一部はうつ病症状の改善のせいである。その場合のうつ病症状と
はDSM-IIIで消滅させられた神経症性うつ病である(第8章で論じた)。
他方で、SRIsのこの効果は、むしろ珍しいようであるから、見逃された双極性うつ病が軽躁病や
躁病になってしまうという、よくある現象と常に鑑別されるべきである。
アパシー症候群(プロザックの不思議な力に頼り過ぎた場合)
充分に考えなければならないのは、反対のこともまた同様程度に起こる可能性があることだ。基
本性格として不安が低く大変外向的な人(しばしば発揚性気質)は、SRIsの不安減少効果を抑制的と
感じるかもしれない。そのような人の場合、SRIsはアパシー症候群を引き起こすように見える。
この効果はよく理解されていないが、SRIsは一部の患者では前頭葉の活動を抑制すると考えられ
る(多くのSRIsでは前頭葉活動は促進されるのだがここでは逆の作用を示す人が一部いるというこ
とになる)。この効果は感情の平板化をもたらし、ときに感じる力の減少とか、気分の正常のゆら
ぎの減弱とかと表現できるだろう。つまり患者は悲しいときに適切に悲しく感じることができず
、楽しい時に適切に楽しいと感じることができない。うつ病でなかったら見せるであろうような
普通の反応に乏しくなる。このアパシー症候群は微細であって患者にも医師にも鑑別しにくい。
うつ病性アンへドニア(無快楽)と連続したものと誤解されたり、うつ病の再発と解釈される可能性
もある。自律神経症状の大半から回復したのにアンヘドニア(無快楽)が残った患者では、アパシー
症候群が疑われる。そのような人の場合私は、SRIを減量するか、非セロトニン系薬剤(たとえば
ブプロピオン)に変更するかを勧めている。
——キーポイント—————————————
アパシー症候群はSRIsの副作用であるがうつ病そのものと紛らわしい。アンヘドニア以外のうつ

病症状が改善しているなら、アパシー症候群を疑う。

11-2 自殺とアカシジア
SRIsの説明で避けて通れないのが自殺の話である。フルオキセチンで一番問題になるのだが、そ
れは他のSRIsよりもフルオキセチンが一番長い間使用されているからだろう。ほとんどのSRIsで
訴訟があり、FDAではSRI誘発性の子供の自殺について黒枠警告としている。
FDA警告の根拠は複数無作為試験のメタ解析であるが、その多くは公開されておらず、約5000の
子供の症例で自殺の相対リスクが50%以上増えた(自殺企図または自殺念慮)と示されている。この
ことは実際のリスクを示していて重要であるが、しかしまた心にとめておきたいのだが、自殺の
絶対発生率はSRIs使用で約4%、プラセボで約2%であり、この増加分のリスクはおそらく治療さ
れた子供の約5%かそれ以下ということを意味している。それでもなお、この事実で安心するのは
間違いだし、またこの研究で自殺完遂がないことに満足してはならない。さらに、微妙な数字で
あるとはいうもののこれは致命的な副作用であるから看過出来ない。吐き気が5%というのはさし
て重要ではないが、その薬剤がときに命を救うことがあるとしても、同じ薬で自殺が5%というの
は容認できない。(SRIsの自殺予防効果は証明されていない。)
FDAの警告の結果はFDSが意図したもので事実その通りになった。見境なく使われていたSRIsが
必要なときだけ使われるように判断訓練が進んできている。それがあるべき姿である。しかし反
対に決してSRIsを使わないというのも極端すぎて不適切である。
——キーポイント——————————————-
疑いなくSRIsは少なくとも子供の場合に自殺の危険をわずかだが確実に上昇させる。最も可能性

の高い原因は双極性障害の見逃しであり、混合状態とアカシジアを引き起こす。

SRIsに起因する自殺があるとして次の問題はそれはなぜ起こるのかということである。これら薬
剤は本来的に危険であるという見解もあるが実証的ではない。私の考えでは可能性が高くて予防
可能な二つの見解がある。
第一は私の考えでもあり、双極性障害研究者の意見であるが、最も可能性が高いのは双極性障害
の見逃しである。研究の中にはうつ病の子供(平均12歳)の50%までが10年の経過調査中に躁病また
は軽躁病エピソードを呈したというものもある。双極性障害の発症年齢は単極性うつ病の発症年
齢よりもずっと早いので(10代終わりと20代終わり)、医師はうつ病の子供では双極性障害の可能性
を常に強く考えておくべきである。さらに子供の場合には躁病エピソードは通常混合性エピソー
ドであり、混合状態の約60%は自殺傾向の増加が見られている。それは純粋うつ病の自殺発生率
よりも高い数字である。統計的にもしうつ病と見える子供の50%が実は双極性障害だったとし
たら、抗うつ薬単剤療法で、その中の10%もしくはそれ以上が、躁病エピソードを呈すると容易
に予測できる。この数字はFDAデータベースに見られる5%の自殺率をよく説明するだろう。
第二の考えは、SRIsは錐体外路症状であるアカシジアを起こすというものである(第17章で詳述)。
アカシジアは非常に不愉快で、不機嫌な体験である。しばしば焦燥感と誤解され、またうつ病の
悪化と誤解されることもある。診断されず未治療のままだとアカシジアのせいで自殺念慮が高
まり、フルオキセチンに関係する自殺のいくつかのまれなケースの原因となっている可能性が
ある。SRI誘発性躁病よりは少ないと思われるが、SRI誘発性のアカシジアは、治療された患者
の10%程度は存在するとの報告がある。
医師はどうすればよいか?注意深く双極性障害を除外することが大切であるが、子供の場合には
まだ最初の躁病または軽躁病エピソードが訪れていないので効率的な鑑別は困難である。従って
子供の場合には家族歴に重点を置くことを含めて、双極スペクトラムを考えることが特に重要で
ある(第4章)。さらに、医師はアカシジアについて特に治療の最初の数ヶ月には注意深く観察し
、必要ならばSRIを減量したり中止したり、またプロパノロール【βブロッカー、インデラル、
propranololと同じ】で治療する必要がある。アカシジアは放置すべきではなく、できるだけ早く
終わらせる必要がある。
11-3 各種SRIs
表11.3が各種SRIsの使用量の説明、表11.4がSRIs治療の一般方針である。
——表11.3 セロトニン再取り込み阻害薬—————
薬剤名
有効量(㎎/日)
コメント
フルオキセチン(プロザック、日本未発売)
20-80
半減期最長、効果確認に長期間必要、しかしセロトニン退薬症状は少ない、いくぶんかノルアド
レナリン作用、
強い薬剤相互作用(すべてのチトクローム、特に2D6 と3A4)
セルトラリン(ゾロフト、ジェイゾロフト)
50-200
ドパミン作用、性機能障害に週末「休薬」が有効、
軽度の薬剤相互作用
パロキセチン(パキシル)
20-50
抗不安作用強く、中等度に抗コリン作用、いくぶん体重増、いくぶんかセロトニン退薬症状、
FDAで複数適応(SAD、OCD)、
チトクローム P450 3A4 阻害
シタロプラム(セレクサ、日本未発売)
20-60
もっとも強力なSRI、もっともセロトニン選択的、
薬剤相互作用は最小、高齢者で特に有用
フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)
50-250

かなり強力なSRI、OCDに適応

——表11.4 SRIs治療の一般方針———————-
1.用量は全て朝に一回。例外はパロキセチン(鎮静的)とフルオキセチン(少数例で鎮静)
2.フルオキセチンでは効果確認に長期間必要、しかしセロトニン退薬は少ない
3.セルトラリンの性機能障害に週末「休薬」が有効
4.シタロプラムはもっともセロトニン選択的
5.セルトラリンとシタロプラムは最も薬剤相互作用が少ない
6.パロキセチンは抗不安作用が最も強い
7.双極性障害を見逃さないように混合状態を注意深く観察すること。混合状態とアカシジアは自殺

のリスク要因である。

11-4 フルオキセチン(プロザック)
フルオキセチンは最初のSRIであり、合衆国では1989年に導入された。すぐに続いてセルトラ
リン、パロキセチン、フルボキサミン、シタロプラムの順で発売された。ジェネリック薬が発売
されたのもフルオキセチンが最初で2001年である。それまで10年以上開拓者利益を享受してきた
。私の考えではフルオキセチンはベストなSRIではないが、市場に最初に登場したという大きな優
位性があった。医師も患者もすぐに名前になじんで心地よいと感じたようだ。TCAsから新規抗う
つ薬に処方を変更し始めるにあたり、フルオキセチンは新世代の光、より優しい精神科薬剤のシ
ンボルとなった。【kindler ?】患者も医師もあらゆる症状の改善をフルオキセチンの不思議な力に
頼り始めたし、この薬を求めて患者が医師を訪れることも普通になった。
10年後酔いからさめて医学的に検討すると、フルオキセチンに有利と不利があるものの、そのこ
とは他のSRIと変わりないようである。現在フルオキセチンの主要な有利さはシタロプラムやセル
トラリンと同様であるが、合衆国ではジェネリック薬が使えることである。費用はもはや制限要
因ではなくなった。
フルオキセチンのユニークな点は、フルオキセチンとその活性代謝物であるノルフルオキセチ
ンが、きわめて長い半減期を有し、実質的に精神科薬剤の中で一番長いことである。フルオキセ
チンの半減期は約1日でノルフルオキセチンの半減期は3-5日である。従って平均4日でフルオキセ
チンの50%が消える。安定血中濃度を達成するためには半減期の3倍が必要で、結局12日が必要で
ある。全ての抗うつ薬で、薬理学的効果が臨床的抗うつ効果に変換されるためには4-8週間の時間
が必要である。この時間はおそらく細胞内のセカンドメッセンジャーと遺伝子の変化の時間を反
映しているのだろう。しかし薬剤の血中濃度の安定状態が達成されてから後、効果が出るまでこ
の4-6週の遅れが生じる。たいていの抗うつ薬では、定常血中濃度は1-2日のうちに達成される。フ
ルオキセチンの場合には平均で12時間から1日遅れるので、薬剤の臨床効果がさらにあと1-2週間
遅れることになる。このことが理由で、フルオキセチンは唯一、フルトライアルのために6-8週を
要する薬剤である(通常は4-6週である)。この事実も不利の一部である。もし患者が4週間のフルオ
キセチン治療に反応しなかったら、フルトライアルの結果を待つにはあと2週間必要なので、その
間は薬剤変更できないことになる。他の抗うつ薬ではそのようなことはなく、4週間反応がなかっ
たら治療トライアルとしては充分である。逆に長い半減期が有利なのは、フルオキセチンが体か
ら早急には消失せず、したがってセロトニン離脱症候群を起こしにくいことである。
—–キーポイント—————————————–
半減期が長いので、フルオキセチンの臨床効果の結果を確認するには長く待たなければならない

。一方でセロトニン離脱症候群は少ない。

フルオキセチンのもう一つの特徴は、今まで考えられていたのと逆であるが、純粋にセロトニン
選択的ではないことである。実は、フルオキセチンはノルエピネフリンの再取り込みを軽度に阻
害する。フルオキセチンのこの作用は弱いものではなくベンラファキシンの効果にやや似ている
。フルオキセチンでしばしば賦活性と報告されている作用は、この特質で説明できるかもしれ
ない。
すべてのSRIsと同様に、フルオキセチンは睡眠の構造を破壊する。賦活的な作用と一緒になる可
能性もあり、フルオキセチンは不眠を起こすことがある。(それでもなお、少数の患者は鎮静的に
なる。)
フルオキセチンのもう一つの大きな作用は肝臓チトクローム P450酵素を強く阻害することである
。したがって多くの他の薬剤の血中濃度と効果が増大する。そのような薬剤としては、抗精神
病薬、TCAs、気分安定薬がある。
時に賦活を起こす副作用があるにもかかわらず、フルオキセチンはしばしば他のSRIと同様に不安
減少作用がある。
フルオキセチンはもっとも長期に使用されてきたので、最も多くの研究があり、過食症、拒
食症、PTSD、性格障害、OCD、パニック障害などについてレポートがある。これらの状態で有
効であるが、すべてのSRIsは似たような状態に対して似たような効果を示す。フルオキセチンは
現在、後期黄体相不機嫌障害の適応をFDAから商品名Sarafemで取得しており、月経前症候群の治
療に使う。
前述のように医師の中にはフルオキセチンの人格に対する特別な効果を信じている人もいる。う
つ病の人や、あるいはうつ病でない人までもが、フルオキセチンによって絶好調になるという考
えである。つまり、うつ病が治るだけではなく、病前の性格に戻ることがないというものだ。彼
らはしばしば外向的になり享楽的になり、フルオキセチンを使用した時の人格が「本当の」自分
だと思う。このようなひとは稀であるし、フルオキセチンに明確に特異的なのかはっきりしない
。何か説明があるとしても、薬剤の抗うつ作用とは別の、人格に対する作用なのだろう。ある研
究者は「損害回避 harm avoidance 」という性格部分が脳のセロトニン系領域と関係している
というエビデンスを提出している。セロトニン活性を上昇させて行くに連れ、SRIsは性格に作
用し、損害回避をしないようになり、不注意で羞恥心のない、外向的な人になる。結果として、
フルオキセチンの神秘的な効果は性格の生化学に対しての直接の作用にほかならないと考えら
れる。しかしまたフルオキセチンには、アパシー症候群のような、性格に対するポジティブでな
い作用もあり、それは一見した所では絶好調とは逆の作用であり、多分同じ程度の可能性がある
というバランスのとれた見方をしたほうがいいだろう。
11-5 セルトラリン(ゾロフト)
セルトラリンは中等度のドパミン再取り込み阻害作用もあるSRIであり、現在合衆国ではジェネリ
ック薬も使える。フルオキセチンよりも半減期が短く、約1日である。肝臓のチトクロームP450酵
素の阻害はずっと少ない。しかしこのことはセルトラリンに肝臓酵素に対する作用が全くないと
いうことではなくて、大量に使うと、臨床的に明白になる。しかし通常は肝臓に対する影響は軽
度であり、臨床的には目立った薬剤相互作用はない。
セルトラリンも他のSRIsと同じく全般的抗不安作用があり、また睡眠を乱す可能性がある。PTSD
の治療薬としてFDAに適応指定されている。フルオキセチンは月経前症候群に対してFDAから適
応を得ているが、セルトラリンも月経前症候群に有効であり、もし患者が、薬剤をずっと使うの
ではなく、月経期間の前後5日だけSRIを使いたいというなら、セルトラリンのほうがよい。こう
した短期使用はフルオキセチン以外のすべてのSRIsで有効である(フルオキセチンの半減期が例外
的に長いからである)。セルトラリンの半減期が短いので性機能障害の場合の「休薬」が有効で

ある。

キーポイント
性機能障害が起こった場合、金曜日にセルトラリンを中止して日曜日に再開する方法がある。週

末の性活動が可能になる。

こうした中断戦略はフルオキセチンの場合には半減期が長いので使えない。一方パロキセチンや
ベンラファキシンでは半減期が短いのでセロトニン退薬症候群が起こる可能性があり、使いに
くい。
週末の「休薬」はセルトラリンで有効であり、それはその代謝産物であるデスメチルセルトラリ
ンの半減期が3日であることとも関係している。つまり、休薬すれば性活動が再開できる程度に半
減期が短く、セロトニン退薬症候群が起こらない程度に半減期が長い。
セルトラリンには軽度にドパミン系作用があり、このことが不都合を起こす可能性がある。つま
りドパミンに特に敏感な人は精神病を起こすことがある。このことは、セルトラリンへに反応し
て精神病的になる他には、全く精神病的ではない人にも、起こると報告されている。頻度は高く
ない。双極性障害では、セルトラリンは臨床的にあまり有用ではないというのが私の経験である
。躁病誘発性が極めて顕著であるが実証的データはない。躁病のリスクを高くする点でセルトラ
リンのドパミン作用は問題だとなぜ考えるのか、一方、ブプロピオンは躁病の危険が高くないの
かと質問されることがある。それは程度の問題であって、一般通念とは逆に、セルトラリンはブ
プロピオンよりもドパミン作用が強い。こうしたことは全て推測である。臨床的には、一部の
人で、セルトラリンが精神病や躁病を引き起こす傾向があるというのが事実である。
11-6 パロキセチン(パキシル)
パロキセチンも短期作用型で半減期は約1日、セルトラリンよりもさらに短期型である(セルトラリ
ンは代謝産物の半減期が長い)。パロキセチンはセルトラリンやフルオキセチンよりもセロトニン
再取り込み作用が強く、強力なセロトニン再取り込み作用が必要な場合にはパロキセチンがよい

換言すると、セロトニン再取り込み作用の問題に限定するとしても、これらSRIsの働きは様々な
のである。この相違が患者のSRIsへの反応の相違を説明するだろう。ある患者はあるSRIに反応し
、別の患者は別のSRIに反応する。
パロキセチンにはまた中等度の抗コリン作用がある。試験管内では強力なのであるが、ヒトの体
内では抗コリン作用は強くはなくTCAsよりも強くない程度である。しかし感受性が強い人の中に
は臨床的に顕著な抗コリン作用を呈することがある。口渇、鎮静、便秘、認知副作用などである

多くのSRIsでは体重に対して中立であるが一部の人は体重減少し、少数の人は体重増加する。
SRIsの中ではパロキセチンはもっとも体重増加を来しやすいのだが、それもわずかな程度であり
、全体に重度ではない。人によっては顕著に体重増加することもある。
SRIsはどれも抗不安作用があるが、中ではパロキセチンはもっとも一貫した抗不安作用を示し、
FDAによってGAD、パニック障害、SAD(社交不安障害)に適応指定されている。
不都合なことにパロキセチンは半減期が短いので他の薬剤よりもセロトニン退薬症候群が起こり
やすい。しかしまたこの症状は限定的であって適切な対処をすれば我慢できる。
パロキセチンはフルオキセチンと違って、チトクロームP450 2D6系に対して最小限しか作用し
ない。しかしフルオキセチンと同じくチトクロームP450 3A4系の強力な阻害剤である。薬剤相互
作用の点では、パロキセチンは中等度の作用で、フルオキセチンほど多くはないがセルトラリン
ほど少なくはない。
11-7 シタロプラム(セレクサ)
シタロプラムはヨーロッパではフルオキセチンよりも早く発売され、長年使用されたのちに1999
年に合衆国に導入された。今ではジェネリック薬が使える。パロキセチンよりもさらにセロトニ
ン再取り込み阻害作用が強い。またこの分類では最も純粋なセロトニン作動薬であり、他の神経
伝達系に作用しない。肝臓酵素に最小限の影響しか与えず、半減期は約1日で短い(が、短すぎ
ない)。そこでシタロプラムはもっとも模範的なSRIである。
全般に、抗不安作用、その他の作用で多くのSRIsと類似している。生化学的性質として「より
クリーン」なので、高齢者では特に有用である。高齢者では避けられる薬剤相互作用は避けたい
ものだからである。最近の研究では双極性障害でも利益がある(18章)。
エスシタロプラム(レクサプロ)はシタロプラムの活性光学異性体である。製薬会社に利益をもたら
すことと、シタロプラムと同様の効果をより少量で達成することの他には、この高価な薬剤を使
用する必要が私には分からない。製薬会社はシタロプラムよりも副作用が少ないというが、臨床
的に実証されたことはない。
11-8 フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)
フルボキサミンはFDAでOCDの適応があるが、うつ病や不安性障害でも他のSRIsと同様利益が
ある。パロキセチンやシタロプラムのように、セロトニン再取り込み阻害作用は強い。ほかには
生化学的な作用はほとんどないので他のSRIsよりも優れている点もない。チトクロームP450 3A4
系の強い阻害剤でたぶんパロキセチンよりも強い。したがって薬剤相互作用の点では不利である

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