第12章 治療抵抗性単極性うつ病の治療戦略v2.0


第12章 治療抵抗性単極性うつ病の治療戦略v2.0
12-1 診断の問題
12-2 その他の診断の問題
12-3 心理社会的ストレスと神経症性うつ病
12-4 治療不耐
12-5 ノセボ効果
12-6 遅延代謝 vs 急速代謝
12-7 上乗せ vs 切り替え
12-8 STAR-D:第一段階
12-9 STAR-D:後半のフェーズ
12-10 STAR-D:何をすべきか?
12-11 併用療法
12-11-1 リチウム上乗せ
12-11-2 SRIs プラス TCAs
12-11-3 甲状腺ホルモン上乗せ
12-11-4 無作為エビデンスのある他の治療
12-11-5 トライしていなかったらTCAsまたはMAOIsの使用を考慮する
12-11-6 厳密なエビデンスのない治療法
12-11-7 精神病性単極性うつ病
12-11-8 電気けいれん療法 ECT
12-11-9 他の非薬物療法:VNS,TMS,DBS
12-11-10 寛解実現:二重作動性薬剤か、選択的抗うつ薬か?
12-11-11 要約
—-◎ここがポイント◎———————————————————
・NIMHによるSTAR-Dで示されたことだが、単極性うつ病では治療抵抗性うつ病は珍しくなく、
むしろ大抵が治療抵抗性うつ病である。以下はSTAR-Dからの結論である。
・1剤のみの抗うつ薬のフルトライアルで単極性うつ病の約1/3のみが寛解に至る。約1/2が薬剤に
急性反応(75%改善)。【1/2が反応してそのうち3/4が改善で1/2*3/4=3/8 これが 1/3に近いのだ
ろう】
・残り2/3で何らかの変化(別の抗うつ剤に変更したり他剤を上乗せしたり)が改善をもたらすの
は30%以下。
・1剤に他剤を上乗せするのは、別の薬剤に切り替えるよりも有効である。
・副作用による治療脱落を含めると、多剤併用療法の後、単極性うつ病患者の約25%のみが1年以
上健康を維持できる(寛解持続)。この数字は未治療自然経過による改善率と同程度である。
・ある程度改善したが完全寛解ではないものの割合を反応率と言うが、それはここであげた数字
以上に高くはない。
・抗うつ薬に短期間でさえも反応しない患者は、新しいデータによれば、双極性障害の見落とし
、特に双極Ⅱ型の見落としである。その場合は気分安定薬を加えれば改善する。
・治療抵抗性非双極性うつ病の治療選択としては、たとえばVNS:迷走神経刺激法、TMS:経頭蓋磁
気刺激法、DBS:深部脳刺激法、ECT:電気けいれん療法などの非薬物療法がある。
・VNS:迷走神経刺激法はプラセボに匹敵することが証明されている。科学的基準によっては支持
されない。侵襲的外科的治療であって、利益と称するものが何であっても、リスクを上回るもの
ではないだろう。
・TMS:経頭蓋磁気刺激法は治療抵抗性うつ病に有効だとの証明はなく、ECTよりも効果がない。
DBSは将来の可能性はあるが、まだなお研究の初期段階である。
・ECT:電気けいれん療法は、見逃していた双極性障害を除外したのちに残る、真の治療抵抗性単
極性うつ病に対しての治療選択肢である。しかしそれは認知障害を引き起こすことがあり、その
リスクと明白な短期利益とを比較しなければならない。維持的ECTを続けて長期改善するのかど
うか、適切な薬理療法に比較しての証明はない。
・最もよく証明されている併用療法はリチウム、ブスピロン、甲状腺ホルモン増強療法、SRITCA併用である。
・精神病性単極性うつ病では、「20-40-80ルール」を思い出そう。抗精神病薬で20%反応。抗う
つ薬で40%反応。併用で80%反応。
・しばしば、治療抵抗性は実は、認容性不良である。副作用が嫌で薬を飲んでいない。副作用が
原因の認容性不良による無反応と、無効による無反応を鑑別すること。
・精神系薬剤に対して代謝が早いタイプか遅いタイプかを患者ごとに見極めること。

・TCAsやMAOIsが未使用ならば、これら薬剤による単剤療法を考慮すべきである。

この第12章では治療抵抗性うつ病(TRD)について論じ治療抵抗性のステージ区分を定義する。治療
抵抗性うつ病に治療に際して「切り替え」と「上乗せ」のふたつの主な戦略を比較する。切り替
えは副作用が少ないのでもっともよく用いられるのだが、治療抵抗性うつ病ではすぐにひと通り
のトライアルが終わってしまう。上乗せは副作用の可能性はあるが、治療選択肢は増える。最近
の研究では上乗せのほうが反応の可能性が高いと言われている。
12-1 診断の問題
治療抵抗性うつ病に対する第一ステップは診断を再検討することだとよく言われる。しかし言わ
れるほど実践されているわけではない。誤診と治療抵抗性うつ病の関連を知るよりも前に、どの
ような診断がされやすいのか見ておく必要がある。驚いたことにこのことを量的に調査した文献
がほとんどない。限られた文献を検討した結果では、双極性障害を過小評価している事実が浮か
び上がってきた。治療抵抗性うつ病の約半数が双極性障害の見逃しである。したがつて、統計
的に、単極性うつ病の治療に反応しなかった患者の半数は単に単極性うつ病ではなかったので
あり、代わりに双極性障害だったことになる。したがって、複雑なカクテル処方を考える代わり
に病歴を再検討し、問題ケースの半分で診断変更を考えたほうが賢明だろう。この最新の研究に
よれば、研究としての限界はあるものの、治療抵抗性うつ病で双極性障害の診断を見逃されてい
た場合、過去に無効だった抗うつ薬に気分安定薬を加えるか、抗うつ薬を気分安定薬に切り替え
るかすれば改善するだろうと示されている。双極性障害の見逃しが治療抵抗性うつ病の第一の原
因で、この事実が過小評価されているとすれば、治療抵抗性うつ病の最もよく証明された治療が
リチウム上乗せであることがよく説明できる。治療抵抗性うつ病に対するリチウム上乗せ療法の
研究論文の大半がDSM-IV(1994)以前のものであり、双極Ⅱ型を診断してもいなかったし、まして
や除外もしていない。治療抵抗性うつ病のときに診断として見逃されている双極性障害の下位タ
イプとしては双極Ⅱ型が最も多い。
—-ヒント————————————————–
治療抵抗性うつ病の最も多い原因は双極性障害の見逃しであり、特に双極Ⅱ型である。治療抵抗
性うつ病の約半分がこのタイプの見逃しが原因である。抗うつ薬に気分安定薬を加える、または

、抗うつ薬を気分安定薬で置き換えれば、反応してくれる。

治療抵抗性うつ病のその他の原因を合計すると双極性見逃しとほぼ同数になる。まとめると図12.1

である。

図12.1 治療抵抗性うつ病の原因
治療抵抗性うつ病
—-50% 双極性障害の見逃し
—-50% 他の診断(性格障害、薬物乱用)
心理社会的ストレス(神経症性うつ病)
認容性の問題(副作用、ノセボ効果)
患者による服薬怠慢
急速代謝体質
不適切な薬剤量

真の治療抵抗性うつ病

(注) 偽薬によって、望まない副作用(有害作用)が現われることを、ノセボ効果(ノーシーボ
効果、反偽薬効果、nocebo effect)という。副作用があると信じ込む事によって、その副作用がよ
り強く出現するのではないかと言われている。
また一方、薬剤投与を継続していても被験者が「投与なし」「どうせ効果なし」と思いこむこと
によって薬剤の効果がなくなるケースがあり、これをノセボ効果と呼ぶこともある。
12-2 その他の診断の問題
双極性障害の他には性格障害や薬物乱用が問題となる。うつ病を引き起こすことも、うつ病と紛
らわしい状態を引き起こすことも、また実際に単極性再発性うつ病と合併することもある。その
場合は抗うつ薬を使ってもあまり改善は見られず、かわりに性格障害には個人精神療法が必要で
あり、薬物乱用に対しては治療的介入が必要である。それぞれの病気ではこれらの治療が本質的
に重要である。薬物を使っても単独では回復には至らず、せいぜい補助的位置づけにとどまる。
12-3 心理社会的ストレスと神経症性うつ病
いくつかの研究が示しているところによれば、大うつ病性エピソードで抗うつ薬を投与して反応
した場合も、心理社会的なストレスがあまりに大きいと、効果が悪くなる。この観察は臨床現場
では極めて普通のことであるが、私は神経症性うつ病のことを考えてしまう(第8章)。昔はこれら
の人たちは神経症性うつ病という病気を持っていると考えていたのだが、最近では、強い心理社
会的なストレスにさらされて慢性うつ病になっていると考えられるようになっている。精神療法
などの方法によってこれらの心理社会的ストレスに注意して対処しないと、抗うつ薬の効果が悪
くなるのがしばしばである。つまり、この場合は心理社会的治療が第一で、抗うつ薬はその次で
あり、ときには不必要である。心理社会的ストレスが原因となって神経症性うつ病を引き起こし
ているのであって、再発性単極性うつ病のような病気そのものとは区別されるべきである。神経
症性うつ病は臨床的症状であって、病気ではない。心理社会的問題が第一原因である。
再発性単極性うつ病は病気であって、生物学的な弱さが主要な問題である。神経症性うつ病では
精神療法が第一で薬剤は付加的である。再発性単極性うつ病では抗うつ薬が不可欠であり、精神
療法は付加的である。したがって、心理社会的ストレスがあるから抗うつ薬よりも精神療法がよ
いということではなく、神経症性うつ病の状況で心理社会的ストレスがあるなら精神療法がよ
いし、再発性単極性うつ病の状況で心理社会的ストレスがあるなら第一には抗うつ薬が必要で
ある。
——ヒント————————————————
心理社会的ストレスが存在することはうつ病の「原因」でもないし、精神療法の適応でもない。
特に真性の再発性単極性うつ病の場合にはそうである。しかし神経症性うつ病の場合には、抗う

つ薬単独では精神療法よりも効きがよくない。

12-4 治療不耐
抗うつ薬への反応がない場合、真の治療抵抗性と結論する前に、まず診断の見逃しがないか検
討し、心理社会的因子を確認し、そのあとで図12.1にあげた諸要因をチェックする。図に示されて
いるのは反応がない場合ではなく、治療耐性のない場合のいろいろである。フルで適切な治療ト
ライアルが失敗していないない限りは、治療抵抗性があるとは言えない。患者は一剤の抗うつ薬
のフルトライアルに失敗してさえいないのに、しばしば「治療抵抗性」と名付けられる。第8章で
定義した抗うつ薬のフルでフェアなトライアルについて思い出しておこう。
1.有効性に関する試験はたいていの抗うつ薬で最低で4週間、理想的には8週間。
2.抗うつ薬それぞれの最低有効濃度は達成すべきである。
3.患者側の服薬怠慢は除外する。
—–ヒント——————————————————-
抗うつ薬のフル・トライアルに失敗する原因は3つ。(1)副作用、(2)患者の服薬怠慢、(3)

不適切な量。

患者が複数の薬剤に対して敏感になり、どの薬剤も数日から1週間も飲めないことはよくあるこ
とだ。このタイプの患者は3つのSRIs、ブプロピオン、ベンラファキシン、ネファゾドンを素早く
トライすることができる。2ヶ月以内でトライは終わるだろう。これが実際であるがそれは認容性
がないということであって治療抵抗性ということではない。この二つは別のものである。治療抵
抗性慢性患者は少なくともいくつかの薬剤についてフルトライアルができる。認容性のない患者
は治療効果をテストすることができない。
—–ヒント——————————————————-

治療抵抗性は治療不耐(認容性がないこと)とは全く違う。

12-5 ノセボ効果
ある意味で治療不耐患者は治療抵抗性患者よりも治療が難しい。治療不耐には二つの要因が関係
している。そのひとつがノセボ効果である。
——キーポイント———————————————
ノセボ効果は基本的には可逆的なプラセボ効果である。つまり、プラセボ効果では患者は心理的
期待の故に気分がよくなったと感じる。一方、ノセボ効果では悪い予感のせいで気分が悪くなる

対象者の治療内容及び生活習慣・生活行動を、
研究の為に作為的に操作(コントロール)すること
を、「介入 intervention 」といいます。
研究では単盲検プラセボ導入がしばしば行われる。つまり医師は患者がプラセボを使っているこ
とを知っていて、患者自身は知らない、この状態は試験の最初の1週間維持され、研究計画に従
って、次の段階に移る(たとえば、薬物またはプラセボの二重盲検)。しばしば、1週間の単盲検
導入の時期にノセボ効果が観察される。患者はたくさんの副作用を報告する。たとえば頭痛、だ
るさ、筋肉痛、胸痛など。これらの患者はプラセボ効果を弱め薬剤の効果をより効果的に調査す
るために試験から除外される。実際の臨床では実験できないのでこのノセボ効果がどの程度起こ
っているのか想像することになる。私の意見では薬剤にきわめて強い不安を抱いている患者の場
合にノセボ効果が時々起こっているようである。多分精神科医への再診を長期間遅らせたり、家
族や友人が予約して嫌々ながら来院したりするのだが、しかし薬物療法は嫌だと内心は思って
いる。たとえ薬剤を服用するとしても、心の底では薬剤に対して非常に否定的なので、薬剤使用
してたくさんの副作用が出ることは確実である。
ノセボ効果を多くするもう一つの要因は副作用への過剰な関心である。薬剤師はしばしば患者に
副作用を詳しく説明し、そのことは普通は助けになるのだが、時にはノセボ効果を強めてしまう
。インターネットで調べて副作用についての信頼できない情報や大げさな情報を目にするだろ
うし、医師机上参考書(PDR)の中のリストは薬剤服用の恐怖をあおり立てるだろう。一般に、
医療では情報は少ないより多い方がいい。患者がよく理解していれば治療もうまくいくのが普通
である。しかしノセボ効果がある場合は、生半可な知識がきわめて危険である。
患者の心理の中にノセボ効果のような否定的部分があることが気になる場合には、私はいくつか
の点を強調する。第一は、薬剤師と話していて服薬について心配があったら私に教えて欲しい
こと。第二は、信頼できるインターネットサイトを紹介して、それ以外の場所には間違った情報

も多いことを伝える。

チップ
研究によれば、副作用に関するあまりに多くの情報にさらされると、副作用の発生率が高くなる

第三に、PDRリストについて患者と話し合い、PDRではどんな薬剤でも副作用のリストは長くな
ること、臨床研究では医師が観察したことは全て報告されてしまうことによることを伝える。経
験を蓄積して初めて医師は、気にしなくてもいいよくある副作用と重篤な副作用を区別できるよ
うになる。さらに、重要なことだが、PDRは患者用ではないし、医師のための薬剤使用法初期導
入期ガイドでもない。私の経験では、最初の処方箋を書きながら患者にこうした説明をしてお
けば、ノセボ効果は減ると思う。
12-6 遅延代謝 vs 急速代謝
ノセボ効果の他に治療不耐の大切な要因は肝臓代謝の早い遅いである。白人の約5-10%は全般に肝
臓代謝が悪いといわれている。従ってこれらの人は抗うつ薬はほんの少量でよい。急速代謝は逆
の問題であり白人の5-10%が急速代謝タイプであり、彼らは肝臓のチトクロームP450系が過剰に
豊かであり、向精神薬の血中濃度が上がりにくい。非白人ではもっと少ないようである。急速代
謝タイプの人は複数の薬剤のフルトライアルに無反応であることが普通であり、しかも副作用も
起こらない。このタイプの人の場合にはインフォームドコンセントをして合理的根拠基づいて、
最高量以上のトライアルが適切である。
——症例スケッチ——————————————-
21歳男性、3種の抗うつ薬のフルトライアルに反応せず、2つの他の抗うつ薬に不耐だった。最後
のトライアルはセルトラリンで、2ヶ月後の200㎎/日にも反応せず、その時点での血中濃度も最低
であった。書類で同意した上で、セルトラリンは300㎎/日に増量され、ラボテストではセルトラ
リンとその代謝物の血中濃度は通常範囲の中位になった。患者は目立った副作用なく中等度の改

善を見せた。

12-7 上乗せ vs 切り替え
不耐が除外されたら、治療抵抗性うつ病に対するアプローチで大きな問題になるのが、薬剤を上
乗せするか切り替えするかの判断である。切り替えでは、無効な抗うつ薬を取り除いて全く新し
い抗うつ薬をトライする。上乗せは、無効な薬剤に付加して別の薬剤を使うので、多剤併用に
なる。二つのアプローチの有利不利を表にした(表12.1)。もし患者が薬剤に耐えられるなら、
STAR-Dのデータによれば一般に切り替えよりも上乗せが望ましい。
——表12.1 切り替えと上乗せの比較—————–
切り替え 上乗せ
副作用が少ない 比較対照試験が多い
初期完全無反応によい 初期部分反応によい
単一生化学的ターゲット 複数生化学的ターゲット
服薬遵守良好 各薬剤の効果が加算

治療選択肢がなくならない

—–症例スケッチ——————————————-
45歳女性、治療抵抗性うつ病で受診。「すべて」の抗うつ薬を試したと語り、どれも効かなか
った。全てのSRIを単剤で試し、さらにブプロピオン、ベンラファキシン、ミルタザピン、ネファ
ゾドンを単剤で試した。初診の後、TCAであるノルトリプチリンを開始し中等度の効果があった
。リチウムが上乗せされ、めざましい改善があったがなおいくらかの残遺症状があった。この時

点で、さらに改善をめざして少量のセルトラリンが加えられた。

12-8 STAR-D:第一段階
NIMHがスポンサーしたSTAR-Dは最大(n=3671)で最も詳細な、単極性うつ病に対する抗うつ薬
有効性研究である。この事実それ自体で我々が臨床で抗うつ薬に関して判断する際のよりどころ
とするのに十分である。この本の第一版では、多くの治療推奨は様々なしかし雑多な文献と私自
身の臨床経験に基づいていた。今回はより強いエビデンスを持って治療推薦できるのだが、ご覧
の通り、全ての努力にもかかわらず、STAR-Dは解決よりも疑問を多くもたらした。
STAR-Dのデザインは最初は一つの質問に対する答えだった。しかしそのことがまたいくつかの他
の質問に対する答えにもなった。最初の質問は「ひとつの抗うつ薬のひとつのオープントライア
ルに失敗したら次のベストな治療は何か」というものだった。この研究ではシタロプラムが最初
のオープントライアルとして選ばれた。シタロプラムに対する初期オープン反応(もはや大うつ
病エピソードの時期が終わったと定義される)は、47%であり、寛解(3ヶ月後にもほとんどうつ
病症状がないと定義される)は33%であった。この予備的段階での結果は比較的典型的で従来研
究と一致していた。
第一次データとその後の結果はかなり驚きであった(図12.2):オープン・シタロプラムで無反
応だった中のわずか31%だけが第二次段階の治療で寛解した(二重盲検無作為、プラセボなし、
上乗せまたは切り替え)。どの治療選択肢をでも大差なし(ブプロピオンまたはブスピロンを上
乗せ、VS ブプロピオンまたはセルトラリンまたはベンラファキシンに切り替え)。この寛解率は
予想より幾分か低い。
—–図12.2 STAR-D——————————————-


研究者は結果をよいニュースと解釈した。第一回抗うつ薬トライアルで1/3が完全寛解、第二トラ
イアルで残り2/3の1/3が完全寛解。1/3+2/9=5/9で第二トライアルまでで約半数が完全寛解。これ
がよいニュース。そして悪いニュースは、STAR-Dの最初の二つの段階までに寛解したなかで、
34-47%が1年以内に再燃していた。従って本当の累積寛解率は、1年間健康でいられた人と定義
して、たったの25%。
つまり、抗うつ薬2剤でトライアルをすると、25%のみが完全に長期(1年後)に健康になる。残りは
部分的に利益があった、またはしばらくの間よかったが再発した、または副作用のために不耐
であった、または全く何の利益もなかった。実は、この25%長期寛解はTCAsやMAOIsを含めたど
んな他の治療法を用いても、超えられない。

全体に最善の努力をしたにもかかわらず、現実はバラ色ではない。

チップ

単極性うつ病の約1/4だけが抗うつ薬で寛解を維持できる。

私はかつては抗うつ薬は双極性障害にはあまり効かないが、単極性うつ病には効くと信じていた
ものだ。しかしいまは「単極性うつ病の一部の人だけにではあるが中等度以上の利益をもたらす
」という考えにも疑いを持っている。 STAR-Dで持続寛解が25%という数字も真空に立っている
ようなものだ。それはプラセボよりもいいのか、うつ病の未治療自然経過よりもいいのか、非特
異的支持的精神療法的因子はどうか、我々には分からない。疑ってみた方がいいのであって、こ
の25%という数字は何もしない(またはプラセボ)よりはましという程度かもしれない、しかし
またそうであったとしても、エフェクトサイズ(ES)が小さく、それは多くの医師が思っていた
よりずっと小さいのである。
12-9 STAR-D:後半のフェーズ
最初にオープン・シタロプラム・フェーズがあり、次に抗うつ薬の上乗せまたは置き換えをして
、第二次トライアルをしたのちに、なおも治療抵抗性である単極性うつ病に対してさらに追加で
二つの治療フェーズを用意しており、その結果について報告している。
もし患者がオープン・シタロプラムと第二次治療に失敗したなら、二重盲検・無作為により効果
の強い抗うつ薬(たとえばノリトリプチリンやミルタザピン)に切り替えるか、またはより実証
された上乗せ療法(たとえばリチウムや甲状腺ホルモン)を用いるかする。この治療フェーズで
失敗したら、無作為に割り付けて、最も強力と証明されている抗うつ薬分類のMAOI(たとえ
ばtranylcypromine)を投与するか、または、ベンラファキシンとミルタゾピンの併用療法にする
。寛解率はこれら後半のフェーズではきわめて低く(13-14%)、薬剤間での差は微小である。
また、プラセボがないので、治療抵抗性うつ病で14%寛解というこの数字は、何もしないよりも
いいのか不明である。たぶん何もしないよりはいいのだろうが。たとえそうだとしても、利益は
小さい。つまり、二つの抗うつ薬で失敗したのち、さらに抗うつ薬を試したとしても本当によく
なるのはきわめて少数である。TCAsやMAOIsのようなもっともよく実証された選択肢を選んでも
なかなかよくならない。
—–ヒント——————————————————–
治療抵抗性うつ病では、二種の初期抗うつ薬治療トライアルののち、15%のみが持続的寛解に

至る。

STAR-Dの二つのフェーズはまたCBTの上乗せを含んでいる事に注目して欲しい。多くの患者
はCBTに同意するわけではないから、データは少ない。しかしCBTは他の抗うつ薬を選択するの
と遜色ないようだ。
STAR-Dは結局のところ研究用の二重盲検プロトコールであるから、実際にはもっと柔軟に対処で
きるのだから、現実の数字の方がいいのではないかと考えられるかもしれない。実際そういう面
もあるのだが、この研究はできる限り現実をそっくり再現するようにデザインされている。初期
治療は単純にオープン・ラベルであり、現実の診療と同じに投与する薬剤名を伝えている。後半
の二重盲検フェーズで、または2ヶ月後、または結果が評価されたときは、患者は必要と思われた
どんな自然療法を受けてもよい。これも現実と同じである。研究プロトコールのせいで実際の治
療よりは少しは悪いかもしれないが、そんなに悪くはないだろう。
STAR-Dのたいていの患者は再発性うつ病エピソードを持っていて、過去に抗うつ薬での治療の経
験がある。この点から治療抵抗性うつ病が対象になっているのではないとかの意見も一部にある
。しかし非再発性うつ病では長期の抗うつ薬治療は必要ないことが知られている。したがってこ
の結果は我々が長期抗うつ薬治療の対象であると見なしている患者層が対象となっているのだ
ろう。
12-10 STAR-D:何をすべきか?
STAR-Dの結果から見ればこの章の残りの部分は必要がないと思われる。しかし、あまり役に立た
ないとしても、なぜ治療抵抗性うつ病の治療の詳細を考えることはこんなにも煩わしいのだろう
。読者にとっては必修科目である。すべての治療抵抗性うつ病の患者がここで紹介されているす
べての選択肢を試さなければならないわけではない。しかしながら、一部の人には利益があるだ
ろうから、リスクを注意深く考えて使えばいいだろう。
12-11 併用療法
治療抵抗性うつ病に対する特別な処方を見ていこう
12-11-1 リチウム上乗せ
治療抵抗性うつ病の多剤併用療法での有効性に関してリチウムは抜群に厳密なエビデンスがある
。それはまた過去には 治療抵抗性うつ病と双極Ⅱ型の診断を分離していなかったせいでもあるだ
ろう。双極性ならばリチウムが効くだろうからその分、有効性は低下するはずである。300名以上
の患者について13個の対照研究があり、再発性単極性うつ病に対して、TCAsとSRIsにリチウムを
上乗せして全般的に有効であった。一部研究では少量のリチウム(600㎎/日)でも有効と報告して
いるが、フルドースのリチウム(900-1200㎎/日、非高齢成人で血中濃度0.8ng/dL)で最大の利益
があるとの報告もある。少量使用の際には実際に『低い』のだから血中濃度測定は必要ない。し
かしそのような低濃度は臨床的に反応を達成するには無意味であると私は思う。どちらのアプロ
ーチにしても腎臓機能と甲状腺機能の確認検査が不可欠である(14章)。
——ヒント————————————————–
私の経験では、再発性単極性うつ病ではリチウム少量で開始するのがしばしば有用である。1ヶ月
して反応がなく、しかも薬剤に耐えられる場合、フルドースを試す。一日一回夜投与で服薬遵守

を最大にし腎臓副作用を最小にする(14章)。

私の意見では、うつ病に対して(合衆国での)比較的リチウムを使わない現状は、一部は医師の
認識不足が原因であり、一部は患者の側の考え違いが原因である。医師にとってはリチウムはし
ばしば気分安定薬であり、それならば双極性障害以外では無効であろうと誤って考えられること
が多い。気分安定薬に関しての無数の誤解は大切な論点であるから7章で述べた。
患者は、リチウムを飲んでいるということは重症の精神病を意味すると思うことが多い。リチウ
ムは躁うつ病に使われる、そして躁うつ病といえば一般には重症度としては精神病またはシゾフ
レニーに等しい。したがってリチウム服用は非常に重症の精神病を意味するという連想になる。
一方、「うつ病」は比較的重くない表現で、よく見られるもので、人々は単極性うつ病の診断な
ら抵抗なく受け入れる。しかしリチウムを飲むかといえば抵抗がある。医師の仕事の一部はこう
した患者の誤解を解くことである。
こうした問題の他に、気になるのも無理はないのは副作用の問題である。14章で詳しく述べる。
副作用を実際起こるより過剰に気にしている人が多い。リチウムを使っても多くの場合重要な医
学的問題は起こらない。非常に少数の人だけが重症の腎障害を起こす。甲状腺への影響は可逆的
である。最も不快な副作用はたいていの人には起こらないし、うつ病ならば、副作用が出やすい
量よりも少ない、安全な量で有効である。体重増加が起こりやすいが、考えられているほど重度
でもないし、いつも起こるわけでもない。
そうはいうものの、リチウムは多くの抗うつ薬ほど単純でもないし、おとなしくもない。しかし
この比較的な不利益にまさる大きな利点は、リチウムはどの抗うつ薬よりも、治療抵抗性うつ病
に有効であるという強いエビデンスがあることである。
——キーポイント——————————————————-
これまでの章で述べたように抗うつ薬は自殺を予防することが証明されている。リチウムも同様
である。治療抵抗性うつ病ではしばしば自殺のリスクが存在するが、リチウムを上乗せすること

は気分症状にも自殺予防にも効果がある。

治療抵抗性単極性うつ病の研究の多くは急性うつ病だけを取り扱っている。抗うつ薬を組み合わ
せている場合でも1-2ヶ月使って急性の利益を示しているだけである。ところがリチウムだけは対
照試験で治療抵抗性単極性うつ病に対する長期利益が証明されてきた。29名の二重盲検・プラセ
ボ対照試験で、リチウムは初期急性利益を維持しほぼ6ヶ月予防的効果があった。
12-11-2 SRIs プラス TCAs
この問題では6つの研究が行われ、その多くは非比較対照・only one randomizedである。これらの
研究は全般に薬剤併用の利益を支持している。無作為試験で薬剤併用の利益がないと結論したも
のが1つある。この試験ではSRI(この場合はフルオキセチン)を増量しただけのほうが効果的だった
。一般に、最初に使った抗うつ薬を耐えられる最高量まで上げるのが、第二の薬剤を上乗せする
よりも賢明である。
とは言うものの、現在では薬剤併用が普通であるから、何かあるSRIで治療を開始したならば、薬
剤相互作用に配慮して次の薬剤を選択しなければならない。SRIs、特にフルオキセチンとパロキ
セチンは、肝臓のP450酵素を阻害するので、SRIsとTCAsは相互作用する。P450酵素阻害によっ
てTCA血中濃度は高くなり、有毒作用を及ぼす可能性もある。この問題を最小化するためには上
乗せするTCAsの量を少なくし、血中濃度を注意深くチェックする。別の方法は、TCAsと併用す
る時は肝臓酵素による薬剤相互作用の最小のもの(つまりシタロプラムとセルトラリン)を使うこと
である。9章で書いたように、血中濃度を測定・調整できるので私はノルトリプチリンを使う。デ
シプラミンが第二の選択であり、これはほぼ純粋なノルアドレナリン系薬剤でSRIsをよく補
完し、SRIsとは全く異なるメカニズムの薬剤である。イミプラミン(トフラニール)やアミトリブチ
リン(トリプタノール)のようなTCAsは、認容性が悪く、強いセロトニン系薬剤であるから補完利
益が少ない。
12-11-3 甲状腺ホルモン上乗せ
治療抵抗性単極性うつ病では、リチウム上乗せのあと、甲状腺ホルモン上乗せのプラセボ対照研
究の数が最も多い(4研究、n=117)。これらの研究はT3(トリヨードサイロニン)とT4(チロキシン)の
両方に関わり、通常は非反応性単極性うつ病でTCAsに上乗せして使用される。T3の通常使用量
は25-50μg/dL、T4は通常0.05-0.15ng/dLの範囲である。甲状腺ホルモンは普通朝一回投与される。
T3とT4のどちらが相対的に優位かははっきりしない。ある研究ではT3がT4よりも有効だとしてい
るが、別の研究では両者の併用がベストだと結論している。ある内分泌学的意見ではT3は骨粗鬆
症のリスクが幾分高いだろうという。T4は生体内でT3に変換されるのだからT4を投与しておけば
いいというのも合理性のある意見である。医師はどちらも試みて、自分の臨床経験に基づいて判
断すればいいというのが、ここでの私の意見である。
こうしたレベルの高いエビデンスがあるにもかかわらず、つまり大抵の抗うつ薬よりも有効な
のに、治療抵抗性単極性うつ病に対して甲状腺ホルモンは、エビデンスが支持するほどには使用
されていないようである。不快な副作用は通常問題にならない程度に少ない。ときに甲状腺ホル
モンは体重低下をもたらすがたいてい患者には歓迎される。また、動悸、発汗、不安が起こるこ
とがあるが、服薬中止すれば合併症なく解決される。ここで示されている使用量は非常に少量で
あり、甲状腺機能亢進症はほとんど起こらない。このような副作用は稀であるし起こっても軽症
である。私は甲状腺ホルモンはもっと使われていいと思うが、使われないのは、精神科医が内分
泌専門医の警告を気にし過ぎるからだろう。警告の中には骨粗鬆症や甲状腺機能亢進症があるが
、上記のように、甲状腺機能亢進症はこの程度の少量使用では極めて稀であり、起こったとして
も使用中止すればすぐに解決できる。骨粗鬆症は主に閉経後女性の問題であり、通常は過剰なほ
どの甲状腺ホルモンを使用した場合に問題となるので、これも少量使用では問題にならない。
甲状腺ホルモン治療が適切か過剰かを評価するには甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定する。TSHは
脳下垂体にあり、T3とT4は甲状腺にあり、フィードバック・ループを形成している。甲状腺ホル
モンが多すぎると脳下垂体にネガティブ・フィードバック信号が送られ、TSHが低下する。し
たがって、TSHが低い時には甲状腺機能亢進が疑われ、骨粗鬆症のリスクの可能性が高まる。
こうしたリスクの可能性に注意すれば甲状腺ホルモン治療は温和なものであって、治療抵抗性単
極性うつ病治療に非常に有効である。
12-11-4 無作為エビデンスのある他の治療
他にもたくさんの治療選択肢があり、対照試験で支持されている。しかしたいていは上記の3大選
択肢に及ばない。一つのアプローチはSRIsに対してピンドロールの上乗せである。これはβアドレ
ナリンレセプター/5-HTレセプター・アンタゴニストである。しかしピンドロールは治療抵抗性う
つ病においてそれ自体で治療利益をもたらすというよりは抗うつ薬の反応を速くすることが主な
作用であるらしく、従ってあまり広くは用いられていない。
最近のSTAR-Dデータでは治療抵抗性うつ病治療でSRIにブスピロンを上乗せすることに利益があ
るという。うつ病に対しての典型的なブスピロン投与量は30㎎/日以上が必要であり、5㎎一日二
回から開始して5㎎ずつ増量し、30-45㎎/日を一日二回か三回かに分けて投与する。
もう一つよく使われるのは非定型抗精神病薬である。抗精神病効果よりは抗うつ効果を期待して
用いられる。これらの薬剤に抗うつ効果を期待するのは生化学的根拠があるからである。5HT-2レ
セプターをブロックする働きがあり、このメカニズムが一部の抗うつ薬と共通している(ネファ
ゾドン、ミルタゾピン)。このメカニズム自体はせいぜい軽度の抗うつ作用をもたらす程度で
あり、臨床経験からも軽度有効である。
オランザピンがおそらく最もよく研究されていて、二重盲検・無作為研究が非治療抵抗性および
治療抵抗性単極性うつ病について、双極性うつ病や精神病性単極性うつ病と同じくらい多数の報
告がある。結論から言うとオランザピン単剤での反復投与はプラセボと同じである。つまりオラ
ンザピン単独では抗うつ効果はないだろう。さらに、抗うつ薬にオランザピンを上乗せした場合
、多くの研究では抗うつ薬単独に比較して効果的ではない。利益があるとしたら唯一、急性双極
性うつ病でフルオキセチンに上乗せしておけば、フルオキセチンに誘発される急性躁病は見られ
なくなることである。この研究があるので、FDAはオランザピンとフルオキセチンの併用を急性
双極性うつ病の適応としている。この適応があるからといって、この併用を長期間続けることを
支持していると誤解してはならないし、オランザピンの実際の抗うつ効果が証明されていると誤
解してもいけない。
対照的に、二つの研究が、クエチアピン(300㎎/日)が急性双極性うつ病に顕著な効果があること
を示している。この効果が単極性うつ病でも示されるのかはっきりしない。可能性としては本当
の抗うつ効果ではなくて、混合状態に対する効果だろうと思う(3章)。
ふたつの新規非定型抗精神病薬、ジプラシドンとアリピプラゾールはいずれも、本来的に抗うつ
薬類似のメカニズムを持ち(ジプラシドンはSRI類似、アリピプラゾールはセロトニン受容体活性
化作用)、新しい無作為化試験では治療抵抗性うつ病で抗うつ薬にアリピプラゾールを上乗せし
た場合に有効であることが示されている。私の臨床経験からいうと、治療抵抗性うつ病の中で、
純粋うつ病よりも混合状態の場合に有効だと思う。少量を使った場合、ドパミンブロック作用は
弱くなり、抗うつ作用が発揮される(ジプラシドンで40-160㎎/日を一日二回に分けて。アリピプ
ラゾールで5-15㎎/日)。
たいていの非定型抗精神病薬では体重増加が起こり(例外はジプラシドンとアリピプラゾール)
、メタボリック・シンドロームのリスクがあり(特にオランザピンとクロザピン)、錐体外路症
状の可能性もある。他のそれぞれに特異的なリスクに関して注意すべきである(17章)。
12-11-5 トライしていなかったらTCAsまたはMAOIsの使用を考慮する
いろいろな治療法を試してみたいと思う人もあり、中には有効なものもあるのだろうが、多くは
比較対照試験などで実証されていないものが多い。そのことを考えると、治療抵抗性単極性うつ
病にはTCAsやMAOIsの使用を考慮することが大切だと私は考えている。いくつかのSRIsでうまく
いかずそこから多剤併用を開始し、それゆえに治療抵抗性と判定されることが多い。しばしば患
者は5-10種類の組み合わせで抗うつ薬のトライアルをしていてもTCAもMAOIも一つも試していな
いことがある。9章で論じたように、この二つの抗うつ薬分類は非常に有効であり、特にSRI非反
応患者に有効で、多剤併用を開始する前にこの二種のどちらかに切り替えることを真剣に考えて
いいと思う。副作用に考慮は必要だが、副作用が過大に、利益の可能性が過小に見られているの
が治療抵抗性単極性うつ病の常である。
12-11-6 厳密なエビデンスのない治療法
広く使われ安全ではあるが、併用療法としての二重盲検対照試験が行われていない、重要な選択
肢について述べる。おそらく最も多い併用の組み合わせはSRIとブプロピオンだと思う。この組み
合わせだとセロトニン系もドパミン系もカバーできるし、両者がネガティブに相互作用すること
もない。事実、SRIsにブプロピオンを上乗せすると、抗うつ効果の上乗せの他に、性機能障害が
改善する。
ベンラファキシン+リチウムとベンラファキシン+ブプロピオンの組み合わせもときどき使われる
。リチウムまたはブプロピオンを上乗せすると、いくらかノルアドレナリン作用のあるセロトニ
ン系薬剤としてベンラファキシンはSRIsに似た作用をする。
ネファゾドンとミルタゾピンはともに少なくとも部分的にはセロトニン系作用を有し、従って前
述と同様のことが言える。ネファゾドンまたはミルタザピンではTCAs、リチウム、甲状腺ホル
モン、ブプロピオンと併用できる。
MAOIsはリチウムと併用できるし、TCAsと併用してもよい。しかし一部のケースではこの組み合
わせで有害作用が報告されている。9章で述べたように、セレギリンがMAOIのなかでは毒性が
低い。MAOIsをSRIsと組み合わせるのは禁忌、さらに他のセロトニン作動性薬剤も、セロトニン
症候群のリスクを考えて禁忌である。
アンフェタミン刺激薬は、ブプロピオン上乗せと同じ理由で、SRIsに上乗せで使用できる。つま
りドパミン作用の上乗せである。アンフェタミン刺激薬はまたベンラファキシン、ミルタザピン
、ネファゾドン、リチウムと併用できる。
12-11-7 精神病性単極性うつ病
治療抵抗性うつ病の項目の中で精神病性単極性うつ病を論じたい。なぜなら、精神病性単極性う
つ病はしばしば治療抵抗性非精神病性単極性うつ病と誤診されているからである。精神病性単極
性うつ病患者には抗精神病薬と抗うつ薬の両方の処方が必要だと考えられている。しかし、精神
病性うつ病なのに、非精神病性うつ病と診断されたら(そのように診断されることが多いのだが)、
患者は抗うつ薬だけを投与される。そしてあまり反応しない。大切なことは、すべてのうつ病患
者に注意深く質問して妄想や幻聴がないか確認し、精神病性うつ病を除外することである。治療
抵抗性うつ病のすべての患者について入念に診察をして精神病性症状を確認すべきだ。研究で明
らかになっているように、精神病性うつ病の患者はしばしば精神病性症状に関して病識欠如し、
うつ病症状に関しての病識欠如よりも多いと思われる。したがってこれらの患者は精神病性症状
に関して述べず、うつ病に関して述べる傾向にある。
精神病性うつ病の場合の標準的治療は抗うつ薬と抗精神病薬の併用である。しばしば引用される
古典的研究では、伝統的抗精神病薬のみの投与に反応するのは19%、三環系抗うつ薬のみで反応
するのは41%、併用すると78%である。
—–ヒント————————————————
私はこの効果を「20-40-80ルール」と覚えたらいいと思う。それぞれのステップで効果が倍に
なる。抗精神病薬のみで20%反応(本質的にプラセボと同じ)、抗うつ薬のみで40%反応(プラセボよ
りも少しだけ良い程度)、併用すると80%反応(非精神病性うつ病に標準的抗うつ薬を投与した時よ

り少し高い)。


症例スケッチ
60歳男性が治療抵抗性うつ病で受診。7種の抗うつ薬単独投与で失敗、つまりすべてのSRIs、ベン
ラファキシン、ブプロピオン、ノルトリプチリン。またSRIプラス三環系抗うつ薬の併用療法でも
失敗。リチウムや甲状腺刺激ホルモンを上乗せしても失敗。診察で、妻によれば彼のうつ病エ
ピソードのほとんどの時期で被害妄想的だという。治療を開始し、MAOI単独で失敗、そのあとリ
チウム、甲状腺刺激ホルモンを上乗せ。数カ月後、治療同盟が確立してのち、彼が打ち明けた
のは、日中に名前を呼ばれる幻聴を聞いていることだった。非定型抗精神病薬を上乗せして顕著

に改善。他の薬剤は減らし、最終的にはMAOIに非定型抗精神病薬を加えて維持している。

いくつも論文が出ているのは特にオランザピンとリスペリドンであるが、ふたつとも、急性単極
性精神病性うつ病の単剤療法としてはあまり効果が見られない。単極性精神病性うつ病には、非
定型抗精神病薬を使っても伝統的抗精神病薬と変わりはないようで、単独では無効で、抗うつ薬
と併用する必要がある。将来は単極性精神病性うつ病にジプラシドンやアリピプラゾールを抗う
つ薬と併用してより効果的という結果が出るだろうが、精神薬理学的にどういう事情でそうなる
のか、未だに明確ではない。
12-11-8 電気けいれん療法 ECT
治療抵抗性単極性うつ病治療にあたりECTは重要な選択肢である。どの時点でも使用可能である
。実際には多くは入院患者に対して施行され、通常、早く退院させる必要があるときに使われる(
マネジド・ケアによる制限が関係していることが多い)。ECTは精神病性うつ病では特に有効であ
ることが示されていて(全体で82%反応)、最近のメタ解析ではTCA-抗精神病薬の併用に僅差で優
っている。
しかし注意していて良いことは、ECTは何でも治すわけではないことだ。精神科の世界ではECT
が有効で安全であると認識されていることは当然であるが、専門家以外の人の考えはそうでは
ない。医師としてはECTの限界を認識することも重要である。そうでなければ、この章で述べて
きたすべての戦略が不要になる。限界がひとつあって、それはECTの効果が一時的であることだ
。治療抵抗性大うつ病エピソードに際してECTは不可欠であり、問題解決可能であるが、急性期
治療の後の予防的効果はない。最近の研究によれば、ETCが必要であるような治療抵抗性うつ病(
大部分は単極性)の患者においては、ETCの継続が他の薬剤治療に復帰するよりもずっと有効で
ある。言葉を換えれば、治療抵抗性単極性うつ病の治療としてECTを選んだら、生涯に渡りECT
治療をする覚悟が医師に必要である。一方、双極性うつ病では、ETCの有効性のエビデンスは実
際乏しく、長期予防効果に関して言えばなおさらエビデンスに乏しい。
高度に難治性の患者に長期のETCが必要である事に関する注意を別にすれば、他の主な限界は認
知面での副作用である。この問題は長く研究されているが完全には解決されていない。多くの研
究では認知副作用は短時間のみのもので軽度であるとされているが、私の経験では、多くの患
者は、既報の研究から予想されるよりも認知トラブルを大げさに報告した。関係する因子として
は用意されたECTのタイプ(両側治療では問題が多かった)、ECTの電圧(たぶん電圧が高いと結果
は悪い)、併用薬(リチウムその他薬剤は、それぞれ独立に認知に影響するのでよくない)、患者側要
因(合併する神経学的病気または内科の病気)。
ECTが急性期に有効だとしても、治療として採用するには慎重でなければならない。長期利益は
どの程度か、認知に対する副作用はどうか、ECT維持療法は今後どうするかなど、考慮する必要
がある。こうした話し合いの中で、患者の信念や不安は尊重されるべきであって、きちんと話題
にする必要があると思う。私の意見では、ECTは依然として治療抵抗性単極性うつ病の多くの患
者にとってほとんど最後の選択だろうと思う。それは主には効果が一時的だからだ。自殺傾向が
重度である場合、さしあたってECTは必要であるが、多くの治療抵抗性単極性うつ病の場合、限
定された一時救済でしかない。一時的救済と引き換えに顕著な認知機能の障害をもたらす危険を
考えてやはりよく考えるべきだ。私の臨床では、治療抵抗性うつ病にECTを使うとして、急性期
療法と維持療法をセットにして考えて、そのような治療コースに患者が同意したときにのみ施行
している。ほとんどのケースでは、十分に努力すれば、正しい薬剤併用法が見つかり、少なく
とも、治療抵抗性単極性うつ病の症状をを緩和することができるものである。急性期ECTとは違
って、正しい薬剤を見つけることは予防としても有利である。また、明白な自殺傾向がある場合
には例外だと私も思うし、とりあえず自殺防止という短期の治療利益が大切だと思う。長期の展
望は二の次である。そのような患者の場合にはECTは命の恩人である。
12-11-9 他の非薬物療法:VNS,TMS,DBS
迷走神経刺激法(VNS)に関しては、次のように断言できる。データによればそれはプラセボと
変わらないと証明されている。FDAの適応承認は1年以上にわたり約20%で改善が見られるという
のが基準になっているのだが、これは薬剤でいうと緩すぎる基準である。FDAは厳格なデータを
要求する薬剤とは異なり、低い基準でこの治療を認可している。私の考えでは、VNSのような、
手術をしたり結果として傷が残るような侵襲的な治療にはもっと高いハードルが課されて当然で
ある。データに乏しいことと侵襲的であることを考慮すれば、VNSは科学的に支持できないし臨
床的に合理的な選択ではないと私は思う。
経頭蓋磁気刺激法(TMS)は非治療抵抗性うつ病には有効であるがECTほど強力ではない。し
たがって治療抵抗性うつ病には比較すると効果がないだろう。薬剤服用できない非治療抵抗性う
つ病の場合に治療選択肢となる。ECTと違って、顕著な認知の欠損は生じないのが利点である。
深部脳刺激(DBS)は、精神科というより神経内科領域のneurologic symdrome に用いるが、治療
抵抗性うつ病に利益がある可能性がある。しかし対照試験でのエビデンスはない。また、侵襲性
を考えると、現時点ではリスク・ベネフィット比が好ましくない。
12-11-10 寛解実現:二重作動性薬剤か、選択的抗うつ薬か?
一般に、治療抵抗性単極性うつ病治療では多剤併用療法が必要である(24章)。多剤併用では、
普通理論的に異なる作用機序の抗うつ薬を使用する。もしひとつのSRIが無効だったら、TCAでノ
ルアドレナリン作用を加える。またブプロピオンはドパミン作用によってSRIを増強する。多剤併
用すると複数の神経伝達物質に作用するので効果が増強される。
こうした考えから、いくつかの製薬会社では一剤で複数の神経伝達物質に効果をもつ薬剤を発売
していて、SRIsのように単一の神経伝達物質に作用するだけの薬剤よりも効果的に寛解を達成す
るという。この宣伝文句は論理的なようでもあり、実際実証研究により支持されてもいるように
見える。「一粒で多剤併用」と言われることもある。たとえば、ベンラファキシンはノルアドレ
ナリリンにもセロトニンにも作用するし、ミルタザピンもノルアドレナリンとセロトニンの両方
に作用する。
しかし私は警告したいのだが、全ての患者が複数作用の抗うつ薬を飲むべきだろうか?第一に、
11章で論じたように、SRIsは本当はセロトニン再取り込みに「選択的」ではない。パロキセチン
とフルオキセチンはノルアドレナリン作用があるし、セルトラリンはドパミン作用がある。第
二に、二重作動性薬剤を使わなくてもSRIsによく反応する患者は多いし副作用も少ない。第三に
、二重作動性薬剤はSRIsとメカニズムの点で変わりないという意見もある。たとえばフルオキセ
チンは動物実験ではベンラファキシンに似てノルアドレナリン再取り込み阻害作用がある。最
後に、現在、複数神経伝達物質作用への関心が高まっているのは皮肉なことと思われる。そもそ
もSRIsがTCAsよりも優れていると宣伝されたのは神経伝達物質に対して「選択的」だったからの
はずだ。精神薬理学は科学と商売の混合物であり、医師は考えを深めて時に疑いも持つ責任が
ある。
12-11-11 要約
この章を全体的に要約すると、以下のようになるだろう。SRIsまたはブプロピオンの単剤で抗う
つ薬療法を開始したとして、有効な次の選択としては、これら2つのタイプの薬剤の組み合わ
せか、SRIsプラスTCA、そこにリチウムまたは甲状腺ホルモンを上乗せ、またはベンラファキシ
ンまたはミルタザピンのような二重作用薬剤に切り替え、またはTCAsやMAOIsのような効果の証
明された療法となる。さらには非定型抗精神病薬、ブスピロン、ピンドロールの上乗せ。アンフ
ェタミン刺激薬も有効である。治療抵抗性単極性うつ病では精神病があるのかどうか注意深く繰
り返し検討すべきであり、もし精神病であったなら、非定型抗精神病薬を使う。たぶんジプラシ
ドンがベストだろう。ECTはどの段階でも重症で自殺の危険があれば選択肢となる。多種類の抗
うつ薬に反応しなかった場合、慎重な配慮が必要であるが、維持的ECTがよいこともある。し
かし、患者に加害的となる可能性のある治療を施す前に、双極性障害の可能性はないかもう一度
確認すべきである(初期治療として双極性障害ならば気分安定薬を使い、神経症性うつ病ならば精
神療法を施行するというように、それぞれ決まる)。

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