第14章 リチウム v2.0


第14章 リチウム v2.0
14-1 適応
14-2 薬理学
14-3 作用メカニズム
14-4 量の調整とラボテスト
14-5 副作用と毒性
14-6 臨床的利益
14-7 臨床的弱点
14-8 リチウム退薬症状
14-9 確信を持って医師にリチウム処方してほしい
14-10 確信を持って患者にリチウムを飲んでほしい
—–◎ここがポイント◎———————————-
・純粋躁病と双極性障害うつ病の両方で、急性期にも、予防にも、リチウムが有効であることが、非常によく証明されている。
・リチウムはもっもとよく実証された精神関係の薬剤で、自殺を予防し、余命を長くする。
・リチウムのリスクとしては甲状腺機能低下症がある。これは通常治療できるもので、可逆的である。それと、腎機能障害がある。
・リチウムによる重症の不可逆的な腎機能障害はまれである。関係する要因としては、過去の急性毒性の長期影響、それと一日複数回服薬。
・リチウムには神経保護作用があるらしい。
・リチウムは急激に中断するとよくない。中毒の場合は別。
・急な断薬をすると1ヶ月以内の急性躁病のリスクが顕著に増加する。
・リチウムは一般に一日一回投与し、長期腎臓機能障害を最小化し、服薬遵守をしやすくする。

14-1 適応
FDAによって認可された急性躁病の薬としてはリチウムがただひとつである。
ただひとつではあるが、十分な比較対照試験による実証的データがあり、双極性障害の維持予防の使用方針もはっきり示されている。
双極性障害で起こる急性うつ病に際しての使用法に関しても比較対照試験がいくつかある。
また、単極性大うつ病性障害の場合、抗うつ剤に上乗せして使う方法も比較対照試験で明らかにされている。
14-2 薬理学
リチウムは合成されたものではなく自然の中に見いだされた物質である。
標準的な剤型としては炭酸リチウムである。
他の剤型としては、クエン酸リチウムがあり、重症の吐き気の場合には炭酸リチウムよりも認容性に優れる。
エスカリスVRはリチウムの徐放性タイプである。
エスカリスではリチウムの血中濃度ピークが低くなり、そのことが認知面での副作用(集中困難や鎮静)を少なくしていると推定される。
しかしエスカリスは腎臓副作用を増加させるようである。
リチウムの通常使用量はだいたい900-1200㎎/日(場合によっては600-1500㎎/日)である。
一日二回投与や三回投与が行われているが、これは一日一回投与がよい。半減期が約24時間だから。
血中濃度は0.6-1.2ng/dLに調整する。
高齢者ではやや低めで、0.4-0.8ng/dLの調整が望ましい。
リチウムは肝臓で代謝されない。腎臓で変化を受けることなく排泄される。
したがって、薬物相互作用として唯一考慮すべきは、腎臓排泄に影響を及ぼす薬剤の場合である。
14-3 作用メカニズム
長い間、リチウムの作用メカニズムは知られていなかった。
リチウムは軽度のプロセロトニン系作用を持つが、ドパミンやノルアドレナリンのような主要な神経伝達系には目立った影響を与えない。
最近のデータが強く示しているところでは、リチウムの主要作用は神経伝達物質が関わるシナプス部分ではなく、後シナプスで、G-プロテインや他の二次メッセンジャー(たとえばphosphatidylinositol phosphate :PIP)のレベルにあるらしい。
こうした細胞内作用がリチウムの臨床作用と関係しているのだろう。
特に、リチウムはG-プロテインのアルファ・ユニットを阻害する。
中でも、cAMPを介してベータ・アドレナリン・レセプターに結合するG-プロテインを阻害するようだ。
これらのノルアドレナリン系レセプターでG-プロテイン伝達をブロックすることにより、リチウムは躁病を引き起こす神経細胞の活動を邪魔して、結果として躁病を阻止しているらしい。
G-プロテインには他にも似たような作用があって、他の神経伝達物質を介してリチウムの抗うつ病効果を生み出しているらしい。
さらには、PIPが過剰に活動的なときは、リチウムはPIP作用を阻害するが、PIPが正常作用をしているときはリチウムは影響を及ぼさないらしい。
こんな風に、複雑なセカンド・メッセンジャー機能があり、それによってリチウムは細胞内のホメオシタシス再建に貢献しているようだ。
細胞内ホメオシタシスは、気分に影響を与える大規模神経回路の土台を作っていて、リチウムの気分安定効果に関係しているらしい。
14-4 量の調整とラボテスト
リチウムは半減期が24時間なので一日一回投与でいい。
一日に何回か投与する方式は単なる習慣であって根拠がない。
時には、一日一回投与で、患者は鎮静や認知障害を感じることがある。
そのような場合には、一日一回以上の投与を試してみればよい。
リチウムを夜に投与すればそのような副作用は最小化できる。
もうひとつの方法は徐放製剤(たとえばLithiobidまたはエスカリス)を使うことで、血中濃度のピークを低くすることで効果がある。
徐放製剤はまた、泌尿器系で尿濃縮能力の障害を減らしてくれる。
私は臨床では炭酸リチウムのジェネリック薬を使い、夜に一回投与、もし副作用が強いときには、エスカリスまたはLithiobidに切り替える。
消化管副作用が強いときには、クエン酸リチウムの液剤が最も認容性がよい。
甲状腺機能と腎臓機能をリチウム開始前にチェックすべきである。そのあとは開始1週間以内、1ヶ月後、3ヶ月後、そのあとは6ヶ月か12ヶ月ごとに測定すべきである。
私は治療開始して1-2ヶ月で1-3回、リチウム血中濃度と他の検査値をチェックする。リチウム血中濃度が治療濃度にあるか、急性甲状腺障害がないか、調べておく。
甲状腺機能を調べるときは私はいつもT4に加えてTSHを測定し、症状として表れない程度の甲状腺機能低下症をチェックする。無症候性甲状腺機能低下症ではT4は低いか正常範囲内低値で、TSHは正常である。
14-5 副作用と毒性
リチウムの副作用は大きく分けて4つ。
不快、医学的に重症、中毒、催奇形性。
不快に属する副作用は治療濃度でもそれ以下でも起こる。
しばしば服薬遵守不良と関係している。
そして厄介だと感じる。
不快に属する副作用としては、鎮静、集中障害や記憶障害のような認知障害、創造性の減退、口の渇き、手の震え、食欲増進、体重増加、水分多飲(polydipsia)、多尿(polyuria)、吐き気、下痢、乾癬、にきび。
多飲と多尿はリチウムで維持療法している人の約25%に見られる。
重症の場合には、多尿は腎臓性の尿崩症であることもある。
これはADHまたはvasopressinに対する腎臓の感受性をリチウムが阻害することによって起こる。
これらの副作用の一部は治療可能である。
鎮静と認知障害は徐放製剤で改善できる。
口渇は砂糖無しのキャンディで緩和できる。
食欲増進と体重増加は炭水化物制限で対応できるし、運動が有効である。
リチウムは軽度のインシュリン類似の作用があるからである。
吐き気と下痢に関してはクエン酸リチウム製剤がいいだろう。
手の震えにはプロプラノロール(インデラル)。
多飲、多尿にはhydrochlorthiazide-triamterne(合剤。Diazide:トリアムテレンはカリウム保持性利
尿剤) の併用のようなサイアザイド系利尿剤がよい。一見驚くが、サイアザイド系利尿剤はリチ
ウム血中濃度を上昇させる。するとリチウム投与量は50%にできる。したがって副作用が止まる。
リチウムには軽度インシュリン類似作用があるので、糖尿病患者でリチウムを飲んでいる人はイ
ンシュリン治療で処方に工夫が必要になるだろう。
これらの対処にもかかわらずしばしば、こうした不快感に耐えられないという理由だけでリチウ
ムを中止してしまう人がいる。
それがリチウム服薬遵守しない人の主な理由である(表14.1)。
—–●表14.1 リチウム服薬遵守不良の理由●——-
1.不快な副作用
2.一日複数回投与
3.スティグマ(双極性障害は嫌だ、リチウムは嫌だという、強い否定的な思い込み)
4.ハイでなくなることを受け入れられない
5.病識欠如

医学的に重症な副作用(中毒を含む)は3つの下位分類に考えることができる。
甲状腺異常、慢性腎不全、心臓作用。
リチウムの甲状腺機能への影響は治療初期から見られる事があるが、何年も使っていると問題な
くなることがよくある。
リチウムは甲状腺機能に対して直接の可逆的な抑制的効果があり、甲状腺機能低下症を起こすこ
とがある(通常患者の約5%)。
リチウムは甲状腺のTSHに対する感受性を阻害する。
ラボテストでのTSH高値が見つかった場合は、リチウムを中止するか、甲状腺ホルモンを補充す
るかしなければならない。
T4またはT3が、単独でも組み合わせても使えるが、普通はT4(L-チロキシン)を使う。
T4は生体内で代謝されてT3に変化するからだ。
リチウムの腎臓への影響は長期のもので、普通は10-20年の慢性治療の後に見つかる。腎臓の尿濃
縮能力への急性の直接の阻害(尿崩症を含む)とは異なり、この長期の影響はしばしば不可逆的で
あり、腎臓の糸球体機能を損なうもので、結果として多くの場合は軽度の高窒素血症になる(クレ
アチニンレベル軽度上昇)。
リチウムは糸球体濾過率を減少させるようである。通常は軽度。
まれには、重症慢性腎不全になったり、いろいろな種類の糸球体障害によるネフローゼ症候群
になったりする。
新しく高窒素血症が発生した場合、医師はリチウムから多剤への切り替えを考慮すべきである。
将来の腎機能テストが軽度異常を超えて悪化することがない限り、リチウムは安全に投与維持す
ることが出来る場合もある。
リチウムと心臓に関しては、主に心伝導系への悪影響があり、 洞結節不全症候群:sick sinus
syndromeになることがある。
リチウムは洞房結節ブロックや心室性期外収縮、房室ブロックを引き起こすことがある。
こうした副作用があってもリチウムが必要な患者の場合は心臓ペースメーカーを使うことがある

そうでない場合は、別の気分安定薬が適応になる。
注意しておきたいが、リチウムは遊離カルシウム血中濃度を軽度に上昇させ、脳下垂体を直接刺
激して副甲状腺ホルモンを分泌させることがある。
しかしこの影響は臨床的重要性はほとんどない。高カルシウム血症は重大な問題ではない。
リチウムはまた、軽度の白血球増加症をきたすことがあるが、これも臨床的後遺症を残さない。
リチウム中毒が起こるのは非高齢者成人で通常血中濃度1.2ng/dLから始まり(表14.2)、振戦、吐
き気、下痢、運動失調といった小さな副作用が見られる。
1.5-2.0ng/dLの血中濃度ではてんかん発作のリスクが高くなる。
2.0ng/dL以上では、急性腎不全の可能性があり、透析の準備をしたほうがいい。
2.5ng/dL以上では、昏睡と死亡の可能性があり、透析の適応である。
高齢者では、これらの中毒のサインは半分の血中濃度で起こることがある。
特に注意が必要なのは高齢者うつ病患者であり、食欲減退しているので、水分摂取も減少して
いて、リチウム血中濃度が上昇し、急速に中毒レベルになってしまう。
腎不全が起こった時はリチウム血中濃度は指数関数的に上昇するので死亡のリスクも急上昇する

この場合、透析が必須である。
初期の報告はレトロスペクティブなデータに基づき、リチウムが心奇形に関係しているとして
いた。
妊娠中に母親がリチウムで治療された場合に、産まれた子供に心奇形がある割合が高くなる。
特に、リチウムを妊娠の初期三ヶ月に使用すると三尖弁形成不全であるエプシュタイン奇形が増
える。
最近のプロスペクティブ研究では、以前よりもリスクは低いと報告されている。
しかし、心奇形、特にエプシュタイン奇形は、妊娠中にリチウムを使用した場合に危険であると
今も一般に考えられている。
こうしたリスクは、バルプロ酸やカルバマゼピンのような抗てんかん薬系の気分安定薬を妊娠中
に使用した場合の神経管欠損のリスクよりも多分低いと思う。
したがって、治療が必要な重症躁病患者の場合、高力価伝統的抗精神病薬を使っていてもいなく
ても、リチウム使用が必要な場合が時にあるだろう。
できれば妊娠初期三ヶ月が過ぎてからのほうがいい。
しかしまたできるなら、一般に妊娠中にはリチウムは使わないほうがいい。
—–●表14.2 リチウム血中濃度●———————–
<0.4ng/dL おそらく精神科的影響なし。長期認知利益。長期自殺予防利益。
0.4-0.6ng/dL 双極Ⅰ型には通常無効。高齢者では多分治療濃度。双極Ⅱ型ではおそらく有効。
0.6-1.0ng/dL 双極Ⅰ型で有効(急性期でも維持期でも)。理想は0.8ng/dL。高齢者では中毒域。
1.0-1.2ng/dL 双極Ⅰ型では低濃度よりも有効だと証明されていない。脱水で中毒の危険が増す。
1.2-1.5ng/dL 大人で中毒の危険域(振戦増加、多尿、錯乱の可能性)。高齢者では完全に中毒。
1.5-2.0ng/dL 中毒。てんかん発作の危険。中止して血中濃度をモニターすべき。

2.0ng/dL 透析を考慮。急性腎不全の危険。

2.5ng/dL 死亡の可能性。昏睡の危険。

14-6 臨床的利益
リチウムは純粋躁病(すなわち、多幸的)では極めて有効である。
しかし混合性(うつ病性、不機嫌)躁病では抗てんかん薬よりも有効性で劣る。
リチウムは双極性障害の気分エピソードの予防では、うつ病も躁病も最もよく実証された薬剤で
ある。それはもう、どれよりもよく証明されてエビデンス豊富なんです。
たくさんの誤解があるので指摘が必要である。
第一に、ラピッド・サイクリングの治療ではリチウムよりも抗てんかん薬が有効だと言われるこ
とがあるが間違いでしょう。
1対1の比較研究では、ラピッド・サイクリングという治療困難な集団に対しては、カルバマゼピ
ンもバルプロ酸もリチウムと同程度である。
ラモトリギンはラピッド・サイクリング患者に対してプラセボの2倍有効である。
第二に、双極性障害のうつ病エピソードの予防ではリチウムよりもラモトリギンが有効だと一般
に考えられているがこれは誤解である。
これらの研究は最初にラモトリギンに反応した患者を対象にして行われたのであって、ラモトリ
ギンとリチウムを比較するには公平なデザインではない。
第三に、これは似たようなことだけれど、ある研究でオランザピンとリチウムを比較していて、
急性躁病で初期にオランザピンに反応した患者を対象にしている。
結果はリチウムよりもオランザピンが躁病をよく予防すると言うのだけれど、おかしい。
この研究はenrichment design のせいでオランザピンに好意的なもので、したがって、オランザピ
ンがリチウムよりも優位だとの結論は出せない。
第四に、最近のFDAの適応認可を見ると、いくつかの抗精神病薬(たとえばオランザピンとアリピ
プラゾール)による維持療法効果の根拠となっているのは、各薬剤ごとにたったひとつのプラセボ
比較対象無作為試験である。これで確信が持てるだろうか。
ラモトリギンの場合は、そのような無作為化維持試験が2つ存在する。でも、たった2つ。
これらすべてのケースで、研究は製薬会社だけがスポンサーとなって行われた。FDAはどうかし
ているだろう。
これとは対照的に、リチウムによる維持試験は、50年以上にわたり、無数の独立した研究グルー
プにより行われ30個以上になる(それらの多くは比較的小規模であるが)。
こんなわけで、多くのエビデンスがリチウムの有効性を支持していて、それは他の薬剤を圧倒し
ている。
急性双極性うつ病治療と双極性障害エピソード予防において、抗うつ薬(TCAsとSRIsともに)はリ
チウムよりよいことはなかったし、時には劣っていると繰り返し証明されてきた。
さらに、治療抵抗性単極性うつ病では、リチウムが無作為化試験で最もよく実証された有効な上
乗せ治療である。
しかし心にとめておいて欲しいのだが、これらの研究の多くはDSM-IV以前の時期のものであり、
双極Ⅱ型が含まれているだろう。
リチウムはどんな精神科的病気の時にも、どんな精神科薬剤よりも、死亡率を減少させる。
自殺や心血管疾患での死亡が減少するエビデンスがある。
最近のエビデンスでは、リチウムには神経保護作用があり、神経栄養因子を促進し、それが反復
する気分エピソードによる有害な生理学的影響の結果としての長期認知障害から保護する。
14-7 臨床的弱点
リチウムを投与しても効きが悪いのは、ラピッド・サイクラー、精神病性症状、薬物乱用である(
これらがない場合に比較して効きが悪い)。
しかしながら、こうした患者は一般に治療抵抗性であり、大方の意見とは反するが、この場合に
抗てんかん薬はリチウムよりも有効だと証明されていない。
抗てんかん薬がリチウムよりも有効だと明らかに証明されているのは混合状態だけである。
14-8 リチウム退薬症状
リチウムは急に中断してはいけない(中毒の場合は別)。突然やめると、1ヶ月以内に急性躁病にな
るリスクは50%、自殺の短期リスクが顕著に上昇。
2週間以上かけて徐々に減薬した場合、これらのリスクは少なくなる。
リチウムを減薬するのはこのくらいのスケジュールがいい。
週に300㎎ずつ減薬するくらいで十分だと一般には考えられている。
14-9 確信を持って医師にリチウム処方してほしい
ここまで懇切丁寧に徹底的に肯定的にリチウム使用を勧めているのだが、私の経験では、医師は
リチウム処方をためらうようだ。
年配の精神科医は過去に嫌な経験があったからということも多い。
リチウムの他に選択肢がなくて、しかもリチウムは現在適量とされているよりも多めに処方され
ていて、しばしば中毒に至った。
若い精神科医は単純になじみがなくてどう使っていいか分からない。
Frederick Goodwin の言ったことが分かりやすい。
「リチウムが使えないなら、リチウムを使うつもりがないなら、双極性障害治療から撤退しな
さい」
最も効果的で最もよく証明された治療があって、それが実行されていない場合、医師として、も
っと別の最良のケアがあると言わないですむものでしょうか。
中毒の問題もあるし、血液検査をして血中濃度をチェックしながらというのも大変だし、という
医師がいるのだけれども、私の考えでは、まず自分が医師であることを思い出して欲しいと思う

薬なのだからリスクを伴うのは当然であるし、十分な知識があればそれらのリスクに対処できる

そうでなければ、心理職のような、非医師も処方箋を書いていいことになるはずだろう。もちろ
んそんなことはないのであって、医師なのだから、一番効く薬を出して、副作用が出ないよう
にし、出たときも最善の対処をすればいいのである。
患者が大量服薬するのではないかとか、服薬遵守しないで治療結果が悪いのではないかとか心配
する医師もいると思う。しかし大切なのはいつもリスクとベネフィットを比較することである。
利益を重く見ないで、まず第一にリスクのない薬を使おうとするのは、究極的には、患者に不利
益を与えていると見るべきではないだろうか。
リチウムにリスクがあることは確かであるが、リチウムの利益は他の薬剤の利益を遙かに上回っ
て大きい。
14-10 確信を持って患者にリチウムを飲んでほしい
医師はリチウムを使いたいのだが患者はいやがるという場合もある。
リチウムは長い間躁うつ病の診断と関連づけられてきた。
新しい薬剤よりはスティグマを背負っていると言えるだろう。
そこでこうした患者側のためらいが生じる。
また、患者が過去にリチウムを服用して、それは入院中のことが多いが、たくさんの副作用が出
たことに関係があるかもしれない。
私の経験では、入院して副作用というケースは、多剤併用で抗精神病薬か別の薬がたくさん入っ
ていることでリチウム血中濃度が高くなったのではないかと思う。
私の場合は患者と一緒に考えて、リチウム単剤で副作用が起こらないかどうか、特に、きわめ
てゆっくり増量したらどうかについて試みる。
スティグマを気にしている場合は、患者に説明して、双極性障害は双極性障害なわけだし、どの
薬を選択したところで、病気の重症度は増えもしないし減りもしないことを納得していただく。
そのあとでリチウムの利益について説明し、特に死亡率が減少すること、認知面での利益がある
ことを納得していただくと、患者はたいていはそんなこととは知らなかったと言い、リチウムに
対して心を開いて受け入れてくれる。
最後に、ハーブなどの自然療法は自然に存在するものだし合成物ではないから好きだという患者
に対しては、リチウムは天然の石の中に含まれるミネラル成分であり、元素表にものっている物
質であることを説明する。
これ以上自然なものもない。

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