第15章 標準抗てんかん薬v2.0

第15章 標準抗てんかん薬v2.0
第15章 標準抗てんかん薬 v2.0
15-1 バルプロ酸
15-1-1 適応
15-1-2 剤型と量
15-1-3 作用メカニズム
15-1-4 副作用
15-1-5 医学的リスク
15-1-6 催奇形性
15-1-7 薬物相互作用
15-1-8 臨床効果
15-1-8-1 急性躁病
15-1-8-2 予防
15-1-8-3 急性うつ病
15-1-8-4 特殊な患者層
15-2 カルバマゼピン
15-2-1 カルバマゼピン(テグレトール)
15-2-2 剤型、メカニズム、量、薬物動態
15-2-3 薬物相互作用
15-2-4 副作用
15-2-5 医学的リスク
15-2-6 臨床的使用法
—–◎ここがポイント◎—————————————-
・バルプロ酸は一般に認容性が高い。消化管副作用や認知面での副作用が起こることがあり、体
重増加もある。
・体重増加はあるものの、バルプロ酸はメタボリック・シンドロームは引き起こさないようだ。
実際には脂肪にはよい影響を与える。
・カルバマゼピンは体重増加のない唯一の標準気分安定薬である(リチウムとバルプロ酸は体重増
加あり)。
・カルバマゼピンは薬剤相互作用が多いので使いにくい。
・どちらもFDAによって急性躁病の適応がある。
・混合エピソードに対しては、両者はリチウムやラモトリギンよりも効果がある。
・両者とも双極性障害の気分エピソードの予防に有効であるという十分なエビデンスがあり、気
分安定薬と呼んでよい。
・両者とも急性双極性障害に有効であるというエビデンスがわずかではあるが反復して積み重ね
られている。双極性障害急性期に対する利益はリチウムやクエチアピンほど証明されていない。

しかしラモトリギンやオランザピンよりも証明されている。

—–●●表15.1 標準抗てんかん薬●●—————–
バルプロ酸(Divalproex,Depakote,Depakote ER)
750-1500㎎/日
副作用:消化器(吐き気、下痢)、鎮静、認知障害、体重増加、脱毛、振戦、肝機能異常、急性膵炎、
血小板減少症、軽度血液凝固障害、PCOS(polycystic ovary syndrome:多嚢胞性卵巣症候群)の可能

コメント:かなりよい認容性、肝機能悪化、膵炎リスク、広く有効、PCOSの可能性
カルバマゼピン(テグレトール、テグレトールXR、Carbatol,Equetro)
600-1000㎎/日
副作用:吐き気、複視、めまい、失調、鎮静、可逆性白血球減少症、重症でない発疹、無顆粒球症
、スティーブン・ジョンソン症候群、肝機能障害、低ナトリウム血症

コメント:多数の不快、医学的に危険な副作用、体重増加なし

15-1 バルプロ酸
15-1-1 適応
FDAによるバルプロ酸の適応は急性躁病の治療である。
多くの研究によれば、少なくともリチウムと同等、またはプラセボよりよい。
また、比較対照試験では、バルプロ酸は急性混合エピソードの治療にリチウムよりも優れている

15-1-2 剤型と量
Valproateは一般名はバルプロ酸で、合衆国ではdivalproex sodium (デパコート)、日本ではデパ
ケン、デパケンR、デパケン細粒、デパケンシロップ、セレニカR顆粒、バレリン、エピレナート
、バルプロ酸ナトリウムなどの製剤で販売されている。
divalproexはバルプロ酸に比較して半減期はやや長く、消化器副作用がやや少ない印象である。
バルプロ酸の半減期は通常12時間よりも長い。
活性代謝産物の半減期が長いこともあって、一般に一日一回の投与でよい。私は服薬遵守の観点
から、一日一回投与を強く勧める。
おそらく、てんかんでは血中濃度をできる限り一定に保つために、一日複数回投与が推進された
ことがあり、その影響があるのかもしれない。
これはてんかんに関しては妥当であるが、躁病に関しては一日一回でいいように思う。
最近は時効製剤(Depakoto ER)が開発され、FDAでも一日一回投与の適応となっている。日本では
デパケンRとセレニカR顆粒がある。
バルプロ酸は通常は約750-150㎎/日(範囲としては500-2000㎎/日)。
血中濃度を50-120ng/dLに保つ。
私の場合は、外来では250㎎夜から始めて、250㎎/日ずつ5-7日増加、副作用が出るまでまたは治
療濃度が達成できるまで。
入院時は500㎎夜で開始して、250-500㎎ずつ1-2日ごとに増やす。
急性期でも維持期でも標準的には60-90ng/dLのレンジで保つ。
最も信頼のおける急性躁病研究では、平均血中濃度は90ng/dLかそれ以上だった。
注意して欲しいのは、この研究は単剤投与であることだ(バルプロ酸vsリチウムvsプラセボ)。
バルプロ酸が抗精神病薬と併用されたときには、もう少し低いレベルで有効であるが、60-
70ng/dL以下だと急性躁病にはおそらく不十分だろう。
維持療法でも同じ濃度でよいが、私の経験では、90ng/dL以上が必要な事はあまりない。
—–●ヒント●————————-
双極Ⅱ型または気分循環症では、30-60ng/dL程度の低い濃度で十分であるというエビデンスがい
くつかある。
私の経験でもそうだしまた他の医師もそう考えているが、これ以上高くするとうつ病症状を悪く

する事があるようだ(特に双極Ⅱ型の場合)。

双極Ⅱ型の患者が気分安定薬をいやがるのは普通だが、低濃度ならば副作用もほとんどないので
、これらの患者にはこの程度の低濃度が治療選択肢として提案されてよいだろう。
患者が双極Ⅱ型であると診断するのは医師の責任である。
3章で述べたように、私の経験では、双極Ⅱ型と診断された多くの患者は実際は躁病を経験して
おり、従って双極Ⅰ型である。
双極Ⅰ型の急性大うつ病の治療では、研究によれば、標準治療濃度(50-120ng/dL)が必要である。
双極Ⅰ型の除外診断ができた場合だけ、低濃度でもよいだろう。
バルプロ酸の利点としては中毒性が少ないことと治療指数の大きいことがあげられる。
治療濃度と中毒濃度の差がリチウムよりもかなり大きい。
100-120ng/dLを超えても、バルプロ酸の中毒症状はリチウムほどは重篤ではない。
通常見られるのは、重症吐き気、鎮静、おそらくめまい、しかし通常は重症の医学的症状には至
らない。
15-1-3 作用メカニズム
リチウムと同じであるが、バルプロ酸の精神科的作用メカニズムは分かっていない。
多くの抗てんかん薬と同じく、バルプロ酸もナトリウム・チャネルをブロックするのだが、この
作用が精神科的作用メカニズムとは考えられていない。
バルプロ酸はまた中等度GABA系、軽度セロトニン系作用を有する。それらは抗不安作用があるが
、気分への効果の重要部分ではないようである。
リチウム同様、バルプロ酸は主にセカンド・メッセンジャーを介して気分安定作用をするらしい

最近の研究を紹介すると、リチウムと同じくバルプロ酸はプロテインキナーゼCの強力な阻害剤で
あるが、このプロテインキナーゼCは、多くのモノアミン神経伝達システムのセカンドメッセ
ンジャー・カスケードの主要な成分である。
15-1-4 副作用
全般的に言って、バルプロ酸は副作用が特に少ないわけではないが、しかし注意深く調整すれば
、しばしば認容性は高い(表15.1)。
バルプロ酸の副作用は、私の経験と文献によれば、リチウムの副作用に種類と重症度の点で似て
いる。
その中には体重増加、鎮静、認知障害、吐き気、下痢、振戦などがある。
こうした副作用は一般に量依存的で、もし臨床的に可能ならば血中濃度を下げれば緩和できる。
バルプロ酸が誘発する吐き気と体重増加はまた、H2ブロッカーで解決できる。ザンタックはOTC
で入手できる。
バルプロ酸ではまた脱毛が起こるが、その治療には通常使用濃度以上の亜鉛とセレニウムを加
える。
15-1-5 医学的リスク
医学的に重篤な副作用は主に肝不全と膵臓炎である。
他の作用としては、全般的に致命的ではないが、血小板減少症、軽度凝血障害、また女性では内
分泌系の異常が起こることがあり、多嚢胞性卵巣症候群などがある。
バルプロ酸の肝臓への影響はよく議論になる。実際は、大人で致命的肝臓リスクは極端にまれで
ある。
死亡率に関する最近の研究では、バルプロ酸による肝炎によるものが一例だけ報告されていて、
バルプロ酸単剤投与されていた19歳成人だった。
多くのケースでは複数の抗精神病薬を含む多剤併用だった。
バルプロ酸は肝機能テスト(LFTs)で上昇を呈することがあるが危険ではない。肝機能テスト異常
は比較的普通であり、まれで急激なケースの重症肝炎とは無関係である。これを確認しておくこ
とが重要。
—–●●ヒント●●——————————
もし肝機能スコアが2-3倍以内に上昇したら、医師はバルプロ酸投与を継続し、肝機能の推移を見
守るだろう。
特にバルプロ酸が患者に特異的に有効ならば、肝機能スコアの軽度であるが上昇したままの持続
は緊急にバルプロ酸中止する理由とはならない。


しかし多くの場合、異常肝機能数値が上昇を続けるなら、バルプロ酸は中止したほうが賢明で
ある。
私の意見では、もっと重要な医学的リスクは急性膵炎である。
それは全く予想できないし、どの年代にも起こりうる。
成人では膵炎は少なくとも肝炎と同じだけの重大なリスクである。
膵炎を予想する手段は無いので、バルプロ酸を投与している場合は、新しい腹痛を感じたら、す
みやかに診察すべきである。
膵炎が疑わしい時は、バルプロ酸は中止、アミラーゼとリパーゼを測定する。
腹痛が重篤な時は緊急に救急室で処置する。
医師は時に血小板減少症に困惑するが、私の考えでは、そんなに心配しなくていい。
血小板が50000/mm3以下になることはめったにないし、危険レベルである20000/mm3以下になる
ことはさらにまれである。血小板減少症は通常軽度で安定性である。
この影響が気になるのは出血に関する他のリスクを伴っている患者の場合である。
同様に、バルプロ酸の血液凝固阻害効果は、凝固因子を介して働くが、軽度であり通常は臨床的
に限定されている。
また、過去に脳血管出血の経験のある患者など、最小の影響でも危険な場合は、注意深く経過を
観察すべきである。
体重増加を起こすにもかかわらず、バルプロ酸はメタボリック・シンドロームのリスクを増加さ
せることはないようである。
実際には反対のことが起こっていて、最近の無作為化データでは、トータルコレステロールレベ
ルがプラセボよりも時効製剤バルプロ酸を使った時に減少している。
また、シゾフレニー患者ではオランザピンのような抗精神病薬を投与された時、脂質は上昇す
るが、バルプロ酸を同時に使っていると、脂質は正常化される。
研究論文によるエビデンスによれば、バルプロ酸と多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は関係があるら
しい。
PCOSでは女性の男性ホルモン濃度が上昇していて、そのことで卵巣の嚢胞が増加し、さらにその
ことと不妊増加が関係しているらしい。
バルプロ酸は体重増加をもたらすので、PCOSはバルプロ酸の直接の影響ではなく、体重増加を介
する二次的な影響ではないかとする推定もある。
もしそうなら、たとえばリチウムのような、体重増加をもたらす、他の抗てんかん薬や気分安定
薬でもPCOSが増加するだろうと予想される。
しかしSTEP-BDスタディでのデータは、そうではないだろうと示している。
他の生体内動物試験では体重増加とは無関係に、バルプロ酸の直接の影響が男性ホルモン活性を
増加させるとしている。
—–キーポイント———————————
バルプロ酸はPCOSと関係があるように見える。しかしこの理由で医師は一般にバルプロ酸を回避
する必要はない。
他のリスク要因がある人、たとえば無月経、不妊、体重増加などがある人では、気分安定剤を選

択するにあたり、多くの可能性のひとつとして、PCOSの可能性を考えるべきである。

15-1-6 催奇形性
バルプロ酸は神経管欠損に関係していて、それはカルバマゼピンと同じ。
そして、この影響はリチウムが関係する催奇形性よりも頻度が高い。
神経内科医の中にはてんかん患者の妊娠中にバルプロ酸を継続する人もいるが、多くの精神科医
は双極性障害患者の妊娠中はバルプロ酸は避けたほうがいいと勧めている。
胎児時代にバルプロ酸にさらされた場合、子供時代の神経行動的発達が遅くなり児童中期でIQが
低下することが分かっている。
妊娠中にバルプロ酸にさらされた子供は、認知面での被害をうけるらしい。
私の考えでは、これらの不利益があったとしても、周産期専門家の、すべての若い女性はバルプ
ロ酸は飲まない方がいいという意見は行き過ぎだと思う。
どんな薬にもリスクはある。
医師の役割は、「ひとつのリスクを取って、悪い結果を回避するよう努めること」ではない。
利益に対してすべてのリスクを評価すること、そして方程式の利益サイドから常にスタートする
こと(5章、ホームズのルール)である。
利益のためならどの程度のリスクを許容できるのかと考える。薬剤は常に推定有罪なのである。
したがって、私の考えでは、若い女性を含めたすべての双極性障害患者にとって重要な事は、出
来る限り気分を安定させ正常に保つことである。
そのためにバルプロ酸が必要ならバルプロ酸を使う。
安定正常気分が長ければ長いほど、気分安定薬が中止された後でさえ、その人はその後もより長
く正常気分を維持するだろう。
若い女性は妊娠すると9ヶ月間は飲酒をやめることが多い。
しかしだからといって全ての妊娠可能年齢の女性にアルコールを禁止するわけではない。
同様に、バルプロ酸のような気分安定薬を使い、催奇形性の他の点ではベストな選択だったと
して、それらは使われるべきだと私は信じている。安定した正常気分が達成できたなら、女性が
妊娠を決意する前に、薬剤を減らして中止することができるだろう。正常気分が達成できないか
ら望まない妊娠をしたりする。
まれなケースとして、このアプローチで女性にバルプロ酸を使ったとして、アクシデントで妊娠
した時、葉酸投与して、後の第一・第二の三ヶ月の神経管リスクを減らすか、バルプロ酸を中止
するだろう。
症状安定しない女性で服薬遵守もうまくできず性的にも不安定で、しかもバルプロ酸を使用して
いる場合、リチウムやラモトリギン、抗精神病薬のような妊娠時リスクのより低い薬剤と比較
して、バルプロ酸はあまりお勧めではない。
双極性障害の人の多くは性的衝動を経験しそれを我慢できない。しかしだからといってそれだけ
の理由でバルプロ酸を中止すべきではない。
バルプロ酸は性衝動を抑えることが多い。
もし数ヶ月のトライアルののち双極性障害の人の役に立たなかったら、長期投薬は予定外妊娠の
リスクを増加させるので、その場合には処方セットの中からバルプロ酸を抜くことが必要である
、というのが私の指摘のポイントである。
15-1-7 薬物相互作用
バルプロ酸はチトクロームP450 2D6系の軽度阻害剤である。しかしこの作用は臨床的な薬剤相互
作用として問題にはならない程度である。
一方、バルプロ酸は非常に強固にプラズマ・プロテインに結合していて、プロテインに強く結合
している他の薬剤との相互作用が発生する。
もっとも顕著な例はラモトリギンとの併用で、その場合にラモトリギンの血中濃度は非常に高く
なる。そして発疹のリスクが高くなる。
バルプロ酸と非定型抗精神病薬の併用で足の浮腫が見られたれがあり、プラズマ・プロテインと
の結合の問題なのだろう。
バルプロ酸はまた、凝固因子のひとつを軽度に阻害するので、アスピリンやたの抗凝固剤と併用
すると出血リスクが高くなる。
15-1-8 臨床効果
15-1-8-1 急性躁病
バルプロ酸は躁病にきわめて有効である。純粋躁病でも混合状態でも等しく有効である(この点は
リチウムは違い、純粋躁病エピソードに比較して混合エピソードでは、リチウムの有効性は半分
である。)。
バルプロ酸はまたリチウムよりも効果発現が速い。リチウムで2週間かそれ以上かかるところを、
バルプロ酸は1週間程度で効果が分かる。
バルプロ酸は経口で20㎎/Kg/日投与が可能であり、その量だと開始して数日で効果が分かる。
バルプロ酸はハロペリドールと抗躁病効果の速さと強さが似ていると言われている。
私の意見では、躁病で入院している重症の非精神病性患者の場合に特に有効である。
精神病性躁病エピソードがある場合や非常に焦燥が強い場合、自傷他害の危険が強い場合などは
抗精神病薬との併用がよいだろう。
多くの医師は急性躁病にはリチウムよりもバルプロ酸がいいと考えるだろう。
なかには、オランザピンのような躁病に適応のある非定型抗精神病薬とバルプロ酸の相対的利益
を疑問視する人もいる。
最近、急性躁病でのオランザピンとバルプロ酸に関する2つの二重盲検比較試験が実施された。
残念なことにこの試験からは十分な情報が得られないのだが、比較がうまくいっていないせいで
ある。
ふたつとも二重盲検を採用しているのだが、ひとつの研究はバルプロ酸に比較してオランザピン
が少量すぎるし、他のひとつはオランザピンが大量だがバルプロ酸はやや少ない。
予想されるとおり、ひとつの研究ではバルプロ酸が少ない研究ではオランザピンが有効で、他の
ひとつではバルプロ酸が多いのでオランザピンと同程度の効果になった。
バルプロ酸をゆっくり投与するよりもバルプロ酸増量が有効であることは知られているので、こ
れらの研究から言えることは、急性躁病の場合、オランザピンはバルプロ酸増量と等しいという
ことである。
二つの薬剤の主な違いは副作用である。
二つとも体重増加をもたらすが、上記ふたつの研究では、オランザピンが最も体重増加に関係し
ていた。
オランザピンはまたバルプロ酸と異なり脂質異常を引き起こす。また一つのケースでは致死的糖
尿病性ケトアシドーシスがオランザピンによって引き起こされた。
要約すると、私は急性躁病にはバルプロ酸を好むが、それは非定型抗精神病薬よりも全般に副作
用が少なく、単剤で効果があり長期間継続できるからである。
双極性障害では非定型抗精神病薬の長期治療にエビデンスはない(17章)。
臨床では、私は入院患者には、バルプロ酸とリチウムと非定型抗精神病薬の併用を勧めている。
15-1-8-2 予防
しばしば医師はある薬剤が躁病に「認可されている」ならば、それは気分安定薬だと考える。
これは重要で間違いやすい問題であり、7章で説明した。
私は予防効果があるものを気分安定薬と呼ぶことを主張している。
バルプロ酸とカルバマゼピンはFDAの維持療法の適応を持っていないので、この定義に従えばバ
ルプロ酸とカルバマゼピンは気分安定薬ではないことになる。
私の考えでは、バルプロ酸やカルバマゼピンのようにFDAによる維持療法の適応がなくても、気
分安定薬と呼ぶべき薬もあるし、オランザピンやアリピプラゾールのように維持療法の適応があ
っても気分安定薬と呼ぶべきではない薬もある(これは驚きではない。FDAは間違う可能性がある
!実際にこれまで間違ってきた)。
オランザピンとアリピプラゾールが気分安定薬ではないことは7章で説明した。
ここではバルプロ酸の話に戻ろう。
双極性障害に対してのバルプロ酸に関して唯一のブラセボ比較対照維持予防研究があるが(リチウ
ムとプラセボとの1年間の無作為化比較試験)、それについて理解するために必要な考え方が二つあ
るので説明しよう。
第一に、リチウムとバルプロ酸はプラセボと同じであった。これはブラセボに反応する割合が高
いことが原因で、さらにその理由としては、重症者にプラセボを使用するのは倫理的に問題があ
るので、重症者は除外して試験を進めたからである。
リチウムが有効であることは証明されているので、バルプロ酸が無効であると結論することはで
きない。
むしろ結論としてはどれかが有効であるとは言えないということだ。
軽症者ばかり集めてあるのだから自然治癒部分もかなりあるはずで、自然治癒+プラセボ効果、自
然治癒+リチウム、自然治癒+バルプロ酸の比較をしていて、結局有意差は認められないというこ
とだ。
それだけ自然治癒部分が大きいのだろうと推定されるが、双極性障害とはもともとエピソードの
時期以外は正常気分のものを指していたわけで、1年も経てば、エピソードのひとまとまりは完結
しているだろうと推定される。
プラセボ群の他に無治療群を研究に加えたいところだが、それもまた倫理に反する。
方法としては「予約待ちで未治療群」を比較対象として活用する方法は考えられる。実際そのよ
うなデザインが提案されている。
第二に、この研究は有効性検証が最も難しいデザインを使用している。nonenriched デザインで
ある。
このアプローチでは、患者は正常気分である場合に限って登録を許される。
以前にどんな薬を飲んでいても関係ない。
最初にバルプロ酸に反応した患者だけを二次分析の対象としているので、バルプロ酸はリチウム
やプラセボよりも当然有効になるのであって、このことはもっと注意されていい。
後者のデザインはenrichedと呼ばれ、実際に標準アプローチとなってのちのラモトリギンや抗精神
病薬のトライアルに使われた。
つまり、もし同じenrichedな研究デザインを使って比較するなら、バルプロ酸はラモトリギンや抗
精神病薬と同等の効果を証明できるだろう。
(FDAがバルプロ酸に適応を与えていない理由は、有効性を示した分析が実験計画通りの主要評価
項目ではなかったからである。)
色々考え合わせると、私が思う妥当で弁護可能な結論は、バルプロ酸には予防効果のエビデンス
が幾らかはあるということである。特に双極性障害のうつ病エピソードに関してはエビデンスが
ある。
15-1-8-3 急性うつ病
多くの医師の考える所では、バルプロ酸は急性双極性うつ病治療には無効であるという。
先輩からの教えがあって、バルプロ酸は「うつ病を引き起こす」ことがあるというのだ。
実際には、3つの無作為化試験が示しているが、急性双極性うつ病でバルプロ酸はプラセボをしの
いで著しく有効である。
しかしこれらの研究は規模が小さく、その中の1つは統計的に有意ではない(しかし他の2つの研究
は統計的に有意であり、どれも類似のイフェクトサイズで、バルプロ酸を肯定している。)。
まだなお限定されたものではあるが、このバルプロ酸の利益のエビデンスはたとえばラモトリギ
ンのエビデンスよりもずっと強い。
ラモトリギンは急性双極性うつ病に有効であると広く考えられているが、それは間違っている。
まだ決定的ではないが、バルプロ酸は急性抗うつ病効果があるというエビデンスがいくらかある

13章で述べたように、気分安定薬の定義として、抗うつ効果をもつことを私は希望している。
私の考えでは、バルプロ酸は中等度抗うつ病効果があり、それはうつ病に単剤で用いても充分な
くらいである。
双極Ⅱ型のうつ病ではバルプロ酸の低めの血中濃度でも抗うつ病効果をより引き出すことに注意
しよう。
15-1-8-4 特殊な患者層
バルプロ酸は高齢者治療ではリチウムよりも好んで使われる。リチウムでは治療濃度と中道濃度
が接近しているから、つまり治療指数が低いからである(14章)。
思春期ではリチウムがバルプロ酸よりも好まれる。
若い人では肝機能障害リスクが高まるからである。
それでもなお、注意深くモニターすれば、バルプロ酸は子供でも思春期でも使える。
小規模な研究であるが、バルプロ酸は物質乱用を改善することがある。また合併症のある双極性
障害患者にも有効である。
バルプロ酸には抗不安作用がある。
バルプロ酸は偏頭痛に有効であることが分かっているので、双極性障害で偏頭痛を持つ患者では
バルプロ酸が特に有効な治療となる。
15-2 カルバマゼピン
15-2-1 カルバマゼピン(テグレトール)
カルバマゼピンの有効性の範囲はバルプロ酸と似ている。
ただ、カルバマゼピンのほうが、予防と急性双極性うつ病での効果について支持的な研究が多い

いくつかの長期研究によれば、リチウムよりもカルバマゼピンで予防的利益は少ない。
また、ひとつの無作為化長期研究では、カルバマゼピンは自殺の死亡率を減少させなかった。同
じ研究でリチウムは減少させていた。
カルバマゼピンをより多く使うことの主な限界は、薬物相互作用と副作用に関係している。
15-2-2 剤型、メカニズム、量、薬物動態
カルバマゼピンにはジェネリック薬があり、標準剤型(テグレトール)、2つの時効製剤(テグレトー
ルXR、Equetro/Carbatrol)がある。
標準カルバマゼピンは半減期約6時間、したがって一日二回の投与が必要である(バルプロ酸やリチ
ウムと異なる)。これは時効製剤でも同様。
外来では、私は200㎎夜で始めて、200㎎/日ずつ5-7日ごとに増量、副作用が出るか、治療域に達
するかするまで。
入院の場合は、400㎎夜で開始するのが有効で、200-400㎎/日を1-2日ごとに増量する。
カルバマゼピンの向精神メカニズムは不明である。
バルプロ酸やリチウムと異なり、多くのセカンド・メッセンジャー系(たとえばプロテイン・キナ
ーゼC)に作用している様子ではない。
しかし実際にはセカンド・メッセンジャーcAMPに作用している。
カルバマゼピンは通常800㎎/日程度(600-1000㎎/日の範囲)が必要であり一日二回投与、有効血中
濃度約8ng/dL(4-12ng/dLの範囲)。
この血中濃度は急性躁病でもてんかんでも確立されている。
15-2-3 薬物相互作用
カルバマゼピンの薬理作用の中で最も重要なのは、肝臓チトクロームP450酵素系を強力に誘導す
ることだろう。
この酵素系が大量に産生されるので、片っ端から薬物を分解することになり、結果として、カル
バマゼピンは他の多くの薬剤の効果を減弱させ、血中濃度を低下させる。
高齢者などのように特別な医学的配慮を必要とする場合には大きな問題となる。
また双極性障害でも、多剤併用が多いので問題となる。
カルバマゼピンの9,10-epoxide 代謝産物は神経毒性(譫妄や錯乱を引き起こす)があり、バルプロ酸
と併用した場合に非常に多く見られる。
したがって、バルプロ酸とカルバマゼピンの組み合わせは、安全な場合も多いが、通常は避けた
方がいいだろう。
15-2-4 副作用
カルバマゼピンの副作用としては重症の不快と重篤な医学的リスクがある(表15.1)。
副作用としては、使用量に応じて、鎮静、複視、運動失調、めまい。
重要な利点として、カルバマゼピンは多くの場合体重増加を来さない。リチウムやバルプロ酸と
はその点が違う。
私の経験では、最近の徐放製剤Carbatolは(Equetroと同じ)、テグレトールのジェネリックやテグ
レトールXLに比較して不快な副作用が少ない。
私が間違っているかもしれないが、データが少ないので、医師は自分の判断で使用して欲しい。
しかし、私の臨床では、患者はカルバマゼピンのジェネリック薬では認容できず、Carbatol
やEquetroでは問題ないという患者がいる。
15-2-5 医学的リスク
バルプロ酸と同じくカルバマゼピンでは肝機能障害が起こる。時に肝不全に至る。
またまれに無顆粒球症が起こる(575000に1)。
まれにスティーブンス・ジョンソン症候群がある(1/10000)。
良性可逆性白血球減少症の可能性もあり、低ナトリウム血症も起こる(これはけいれんリスクにつ
ながる)。重篤でない発疹がよく見られる。
15-2-6 臨床的使用法
カルバマゼピンはもっと評価されてよい薬剤である。
若い女性のように体重に関心のある人は気分安定薬の中で体重増加のないカルバマゼピンがよい

ラモトリギンはうつ病よりも躁病エピソードの予防において、長期効果が低いし、ラモトリギン
は混合性または躁病性症状に対して急性には無効であるから、カルバマゼピンは隙間をうめる大
切な薬剤で、若い女性で混合エピソードが優性である場合、また、うつ病よりもずっと重症の躁
病の既往歴がある場合に適している。
そのような人の場合で、ラモトリギンがほとんど効かず、カルバマゼピンは一度も試されていな
いケースを私はたくさん知っている。
カルバマゼピンは若くて合併症がなく他の薬剤を飲んでいない人の場合、薬剤相互作用の心配も
なく、もっとも有用である。さらに、双極性障害患者でカルバマゼピンに反応しないかまたはカ
ルバマゼピンとリチウムの併用で反応しない場合、私は抗精神病薬や抗てんかん薬を続けて併用
で使うのは避けるようにしている。
カルバマゼピンが肝臓酵素を誘導して他の薬剤の血中濃度を下げてしまうからである。
研究では、たとえばカルバマゼピンを含む気分安定薬にリスペリドンを加えると、プラセボと同
じ程度、しかし、リチウムとバルプロ酸はプラセボよりもよい。
こうした多剤併用の場合には併用セットの中からカルバマゼピンを除外した方がよい。
しかし、パリペリドンとジプラシドンはカルバマゼピンと薬剤相互作用がないので、これらを併
用するのは効果的だろう。

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