第4章 双極スペクトラム Bipolar Spectrum v2.0

第4章 双極スペクトラム v2.0
第4章 双極スペクトラム Bipolar Spectrum v2.0
—–◎ここがポイント◎——————-
・双極スペクトラムは、DSM-IVで定義されている双極Ⅰ型の診断基準以外の双極性特徴から成り立っている。
・ここで提案する新しい診断カテゴリーである双極スペクトラムは、重症大うつ病を呈しているが自発性軽躁病も躁病もなく、しかし、多くの双極性サイ
ンを持つものを言う。
・双極性の最も重要なサインは、双極性障害の一親等家族歴と抗うつ薬誘発性躁病ないし軽躁病である。
・他の有用な双極性サインとしては短期再発性非定型精神病エピソードや分娩後大うつ病エピソードがある。

・治療はたいてい少量の気分安定薬で開始する。リチウムやバロプロ酸。次に新規抗てんかん薬単独、または新規抗てんかん薬と標準気分安定薬の併用。

現在の文献では双極スペクトラムは少なくとも三種類の意味で使われている。
第一のレベルでは、古典的双極Ⅰ型から双極Ⅱ型、分類不能の双極性障害(BPNOS)を含む、すべての双極性状態についての広い定義である。これはクレペリ
ンが「躁うつ病」と呼んだものである。
次の第二のレベルでは、双極スペクトラムは双極性障害のすべての非定型タイプを指す。たとえば、双極Ⅰ型を除いた、双極Ⅱ型と分類不能の双極性障害を
指す場合もある。双極Ⅰ型が定形双極性障害ということになる。
第三のレベルでは、現在のDSM-IVでは診断されないが、しかし双極性の要素を持つものを指す。この見解では双極スペクトラム概念を、単極性うつ病や双
極性障害の、より古典的な病像の間のオーバーラップ部分として考えている。
DSM-IVでは双極Ⅰ型や双極Ⅱ型を特定の診断基準で考えているので、双極スペクトラムの言葉を第三のレベルで使うとすれば、もっと限定して、分類不能
の双極性障害(NOS)から明確に分離して定義する必要がある。
双極スペクトラムを図4.1.のように考えてみることもできる。
図4.1
この章で私が双極スペクトラムの語を用いるときは第二のレベルの定義で用いる。つまり、双極性で双極Ⅰ型以外の全てである。
また我々が現在、本質的にはくずかごカテゴリーとして、特定の診断基準を与えることなく、分類不能の双極性障害(BPNOS)と分類している患者群の一部
の人のために、双極スペクトラム障害を、役立つ診断としたい。
このことが重要なのは、双極スペクトラムでは、抗うつ薬や気分安定薬の使用法が標準型双極Ⅰ型や単極性うつ病とは違うからである。
双極スペクトラムを図示する方法としては図4.2.も考えられる。
この定義では、私は双極性スペクトラムを一連の気分障害の一部として考えていて、古典的双極Ⅰ型と古典的大うつ病の間に位置づけている。
これは臨床家には受け入れられやすいだろう。教育や研究の診断カテゴリーの有用さはあるものの、臨床家は現在の診断カテゴリーにきちんとおさまらない
病気があることをしばしば観察している。双極連続体の考えを採れば、現在のDSMの診断カテゴリーはスペクトラムの中の古典的極限形と見ることがで
きる。そうすれば、多くの患者が両方の診断特徴を持ったり、双極連続体の中の真ん中あたりにあっても良いことになるので、従来の診断カテゴリーも有
用であり、妥協点が見つかる。
地域精神医療では、図4.2の双極スペクトラムの両端にある古典的双極Ⅰ型とか古典的大うつ病よりも、真ん中あたりに診断されることが多いだろう。
古典的双極Ⅰ型に名前を付けて双極スペクトラムの他のものと区別しておけば便利だろう。Terrence Ketterはリチウム発見の栄誉をたたえてCade病としよ
うと提案している。双極性障害の語で多くの臨床家はCade病を指している。私はCade病と双極スペクトラムの残りの部分とを区別しておきたいのだが、双
極Ⅰ型(Cade病)では記述できない双極スペクトラムの残りの部分が存在することを重く考えるべきだと強調したい。
双極スペクトラムについての別の見方は、双極連続体の真ん中に当たる病気の特徴を記述しようとしていると考えるものである。このアプローチでは、もう
一つのカテゴリーを作って、双極Ⅰ型と単極性うつ病の間の病気の、全部ではないにしても数多くをとらえることができるのではないかということである。
Frederick Goodwinと私はこれを、表4.1.で「双極スペクトラム障害」と名付けて表示してみた。
—–表4.1.双極スペクトラム障害:定義の提案———————–
A.少なくとも一回の大うつ病エピソード
B.自発性軽躁病または躁病エピソードはない
C.1.または2.かつ、Dの最低2つ、
または、1.かつ2.かつDの1つ
1.一親等の双極性障害家族歴
2.抗うつ薬誘発性躁病または軽躁病
D.Cのどれもないならば、次の9つのうちの6つ
1.発揚性性格(基線は非うつ病性)
2.再発性大うつ病エピソード(3回以上)
3.短期大うつ病エピソード(平均して3ヶ月以内)
4.非定型うつ病エピソード(DSM-IVによる)
5.精神病性大うつ病エピソード
6.大うつ病エピソードの早期発症(25歳以下)
7.産後うつ病
8.抗うつ剤「退薬」症状(急性の、しかし防衛反応ではない)

9.3つ以上の抗うつ薬治療トライアルに対して反応無し

4-1 双極スペクトラムの特徴 bipolar spectrum
双極スペクトラムの基本特徴は、双極スペクトラムでは、単極性うつ病や双極性障害の場合には古典的ではない症状の混合から成り立っている事である。我
々はこれを双極性特徴(表4.2.)と呼んでいる。
表4.2.双極性特徴————————————-
1.躁病性症状
2.うつ病性症状
3.経過
4.家族歴
5.抗うつ薬治療反応

6.気分安定薬治療反応

この双極性特徴の便利な点を説明しよう。それは過去に躁病症状や軽躁病症状があったかなかったかに過度にこだわらなくなることである。そもそもDSMIVでは現在症状で疾病を分類しようと試みている。しかし双極性障害の場合は過去の躁病・軽躁病の程度と期間について知る必要がある。ところが臨床
家は、過去の躁病ないし軽躁病または反応性多幸気分について正確に診断できないことが実に多い。その結果として、双極性の診断が正確にできない場合
がしばしばである。眼の前にいる患者は多くは大うつ病症状を呈しており、過去についての回想は大うつ病症状に影響されることが多い。患者の曖昧な記憶
や治療者の曖昧な推定を基礎として躁病エピソードや軽躁病エピソードを認定し、そこから双極Ⅰ型や双極Ⅱ型を診断せざるを得ない。過去の認定につい
て控えめにすると、現在観察される症状としては大うつ病症状なので、大うつ病としか診断できない。このジレンマに関してDSM-IVでは、あくまで過去の
躁病・軽躁病症状を精密に分析する方針を採用し、双極性障害の診断を正確にしようとしているのだが、もちろんそれでは解決にならない。
そこで、過去の躁病・軽躁病について過度に詮索しなくてもすむ方法を提案したい。それがここでいう双極性特徴である。考えてみれば、現在症状の精密
な分析は、表1.2に掲げた4つの検証要素のひとつでしかない。他の3つは、家族歴、経過、治療反応である。こちらを利用したほうが良い。私は第一にうつ
病症状を精密に検討することと、他の3つの検証要素に注目したい。(双極スペクトラムスケールについて付録Aを参照)
この中で、躁病特徴は最も役に立たない。古典的双極Ⅰ型では多幸気分がしばしば見られる。双極Ⅰ型よりも軽度の例では、観察できるのは気分の易変性の
みであり、ムード・スウィング(気分のむら)と口語で言われる。この気分異変性の診断基準としての適切さについては議論がある。のちになって確実に診断
できる双極性障害に進展すると予言できる場合があるので、気分異変性は双極性のサインであるとみなしてよい場合もあるだろう。しかし、臨床的には 気
分のむら の双極性障害診断特異度は限定されていると私には思える。私の意見では、気分異変性がどこで始まってどこで終わるのか確認する必要がある。
しばしばあることだが「 気分のむら 」の言葉で患者は軽度抑うつからやや重度抑うつへの変動を意味している場合があり、また、正常気分から抑うつ気分
への変化を意味している場合もある。こうした気分異変性は疾患鑑別にあたっては特異性に乏しい。数時間ごとの気分変動に過ぎないこともある。一方で、
正常気分から多幸気分になる 気分のむら は双極性障害の診断価値があると思われる。しかしこの場合は私ならば気分異変性や 気分のむら とは言わずに単
純に多幸気分が発生したと表現するだろう。この意味では、古典的な躁病の定義と違わない。抑うつからいらいらへの 気分のむら はやはり非特異的であり
、解釈が難しい。将来はおそらくこの問題が明確に解決されるだろうが、現状では、気分異変性それ自体は重視しないし、多幸気分の存在とは別に考えるの
が良いと考えている。双極性スペクトラムを考えるにあたってはむしろ、うつ病の症状を吟味することが非常に重要である。
キーポイント———————————————
うつ病症状によって双極性障害と単極性障害を区別することはできないとするのが伝統的な考えである。 この臨床的な仮説は実証研究では支持されていない

うつ病の精神病性特徴は単極性うつ病においてよりも双極性においてよく見られ、それは非定型である。(たとえば、過眠、過食、鉛状麻痺)
産後うつ病では単極性よりも双極性が普通であるとする研究もある。メランコリー型うつ病期間や慢性うつ病性期間は単極性よりも双極性に多く見られる。
他のすべての双極性スペクトラムを特徴付ける双極性特徴と同様に、このような違いは病理を特定するものではないが、とりあえず相違ではある。
うつ病の経過もまた双極性要素の鍵である。うつ病性エピソードは単極性うつ病の約3分の1で再発しない。双極性障害のほとんど全てでは再発性である。し
たがってうつ病エピソードが頻回であるほど、単極性ではなく双極性の特徴になる。単極性うつ病の非治療自然経過を見ると、大うつ病エピソードが平均で
6から12ヶ月続く。双極性うつ病では3から6ヶ月続く。つまり、うつ病エピソードの持続が短いほど、双極性の可能性が高い。双極性の平均発病年令は19歳
であり、単極性うつ病では約30歳である。発病が早いほど双極性の可能性が高い。
—–キーポイント———
発症年齢は重要である。30歳発症の単極性うつ病が将来躁病や軽躁病になるのは約10から20%である。12歳で大うつ病エピソードのみを呈する場合、単極

性の経過のみが続く可能性は50%である。

この12歳の子供が今後10年のうちに双極性障害と診断変更される割合は50%である。発症年齢からだけ見るとコインを投げて診断を決めても同じようなも
のだ。
再度になるが、こうした症状や経過の特徴は病理を知る手がかりにはならず、つまり診断を決定する手がかりにはならない。同じ症状や経過は単極性うつ病
でも起こるのである。しかし双極性特徴が多ければ多いだけ、双極スペクトラム障害の診断の妥当性が高くなる。たとえば、15歳で発症し、平均2ヶ月の短
いエピソード期間で、1年に3回、人生で20回と頻回に再発し、普段は非定型で、ときに精神病性という患者を考える。この人は我々の理解では単極性うつ
病とは非常に考えにくい。この人を単極性うつ病と診断するためには、極めて極端な程度にまで不均質に、単極性うつ病の診断を拡張して考えなければなら
ない。現在は我々はそのようにしている。しかしむしろ、現在の双極性障害という希薄で純粋で小さな概念を拡張して、このタイプの人は双極性スペクトラ
ム障害と診断したほうが意味があると思う。
診断に参照して妥当であると考えられる他の特徴は家族歴と治療反応性である。この2つはうつ病性疾患の場合に症状や経過よりも重要である。家族歴と治
療反応性は双極性疾患でより特異性があるとの研究がある。
家族歴が鍵である。単極性うつ病と双極性障害の全体的区別は1960年代からの実証的遺伝研究に遡る。二つを鑑別する最も強力なエビデンスは遺伝学で
ある。躁病の人は躁病の家族歴がある。うつ病のみの人は躁病の家族歴がない。
——キーポイント———–

双極性障害の家族歴があるならば単極性うつ病である可能性は極めて低い。単極性うつ病の診断は多分間違いだろう。

私は臨床医の家族歴に対する不注意な態度をあまりにも頻繁に観察する。家族歴は義務のようにいつも記録されるが、診断に際しての臨床的な重要さは無視
されたままである。症状の正確な分析には重きが置かれていて、大うつ病エピソードだけから成り立つなら単極性と診断される。そしてその人の母親が双極
性障害であったことは無視される。単極性うつ病の一親等に双極Ⅰ型の人がいるのは極めて稀であることを繰り返し強調する必要がある。一親等に双極Ⅰ型
の人がいたら、私なら、双極スペクトラム障害の一つの形と診断するだろう。
治療反応性もまた重要である。抗うつ薬に対する反応性のほうが気分安定薬に対する反応性よりも診断的価値がある。抗うつ薬誘発性急性躁病/軽躁病が
最も価値がある。多くの研究によれば、抗うつ薬誘発性躁病/軽躁病は双極Ⅰ型の20〜50%、双極Ⅱ型の5〜20%、そして単極性うつ病の場合は1%未満の
発生率である。実証的エビデンスによれば、この知見はDSM-IVにもかかわらず、双極性疾患の疾病特徴的なものと言えそうである。
抗うつ薬の他の反応も発見されつつある。臨床的耐性は極めて重要である。ある研究では双極性障害の約60%が抗うつ薬に耐性を示し、単極性うつ病で
は20%であった。この意味を考えてみよう。耐性というのは薬が以前のように効かなくなることである。双極性障害のほうが単極性うつ病の場合よりも抗う
つ薬が効きにくくなるらしい。
薬剤ははじめによく効いて、うつ病から躁病というより正常気分になり、6か月かそれ以降になると、またうつ病になる。彼らは抗うつ薬によって急性にう
つ病が改善する。しかし抗うつ薬にはうつ病を予防する効果はないらしい。最初は急性うつ病が改善するが後に再発する。
逆に、双極性障害の約20%のみが、急性うつ病エピソードから回復した後に抗うつ薬を中止してうつ病が再発している。一方、単極性うつ病では60%が抗
うつ薬を中止して後に薬剤中断うつ病を経験しているようである。
双極性障害ではまた単極性に比較してより急速再発性が高い。実証的エビデンスは確実ではないが多分そうだと思う。
臨床的見地からたぶん最も重大なのは、前にも議論したように、双極性障害の約1/3でラピッド・サイクリング経過を引き起こしているように見えることで
ある。この関連は微妙であり、確認するには気分障害の経過中の注意深くて正確な治療と症状記録が必要である。
したがって要約すると、単極性よりも双極性で抗うつ薬治療効果が思わしくない場合が多い。抗うつ薬治療が思わしくない双極性疾患は双極性スペクトラム
と考えたら良いのではないかと思う。
気分安定薬に対する反応もまた双極性疾患を示唆する。リチウムは単極性でも有効で、バルプロ酸、ラモトリギン、カルバマゼピンは単極性よりも双極性の
場合に有効であるようだ。
我々が提案している双極性スペクトラム障害の定義では、 Frederick Goodwin と私がこれらの知見をまとめ、総合している。実証的に確認されてはいな
いが、ここで提示して、臨床的に有用かどうか臨床家に判断してもらいたい。この定義では、家族歴と薬剤誘発性躁病に最も重点を置き、双極性疾患によ
り特異性があると考えた。その他の特徴に関しては数多くあったほうが診断として確からしい。
—–症例スケッチ————————–
45歳男性、再発性うつ病で来院。「人生ずっと」うつ病だと言い、しかしさらに質問すると比較的気分の良い時期もあり、ほとんど正常気分の時期もあっ
たらしい。確かなところだけで言うと、最低5回のうつ病の時期があり、その間には健康な時期があった。うつ病エピソードは17歳の時に始まり、最も最近
のものは4ヶ月持続した。うつ病エピソードは平均で2から4ヶ月で、過眠と過食の非定型症状があった。3つの抗うつ薬の完全用量トライアルにも反応せず
、二つを組み合わせても反応しなかった。増強としてリチウムを加えることはなかった。フルオキセチン(プロザック)に一度反応したが、フルオキセチンを
継続していたにもかかわらず、9ヶ月後にうつ病エピソードの再発を経験した。フルオキセチンを再開しても次のうつ病エピソードには効果がなかった。質
問に答えて、おばが1960年代にシゾフレニーで入院して、後に1980年代に双極性障害と診断され、リチウムによく反応した。相談の後、現状の抗うつ薬に

リチウムを加えたところ徐々に反応し、その後2年エピソードなしで維持できている。

発揚性人格が注目すべき双極性特徴の最後のものである。多くの患者の人格はおおまかに3つに分けられる。それは正規分布していて、中央の大部分は正常
気質である。夜に約8時間眠り、外向的でも内向的でもなく程良く働き、概してふくよかで、 精神は落ち着いている。
正規分布の一方の端にはdysthymic (分かりやすい訳語がないが、ここでとりあえず抑うつ気質としておく)があり、これはDSM-IVの診断にもあるが、それ
は性格とは関係のない症状診断である。彼らは過眠で夜には10から12時間ねむり、内気で内向的、エネルギーレベルは慢性的に低く、 感情にはメランコリ
ーの色合いがある。
正規分布の他の端には発揚性気質があり、慢性的に軽躁病的である。定義から言うと躁病は短期でエピソード的である。このタイプの人はパーティが好き
でジョークが好きでユーモアに溢れ、集団を好み、外向的で、エネルギーレベルは高く、仕事中毒で、職業ではかなり成功し、睡眠は短く夜に6から7時間、
しばしば家族に双極性障害の人がいる。
発揚性気質の人はまたときに再発性大うつ病エピソードを呈し、常に発揚性基本レベルまで回復する。双極Ⅱ型の人と違って、正常気分の基本レベルを経験
しない。抗うつ薬誘発性躁病になりやすい。
実際の臨床レベルで言うと、こうした双極性特徴が積み重ねられて、抗うつ薬に反応しにくい、また気分安定薬を加えることで反応しやすい患者が分かる。
また抗うつ薬は複数がいいのか単剤がいいのかが分かる。また、これらの双極性特徴はまとまりを作る。前述したように、発揚性気質の人たちは双極Ⅰ型の
家族歴がしばしばあり、抗うつ薬誘発性躁病を経験し、短期反復性非定型大うつ病エピソードがある。この人たちは古典的な単極性うつ病は経験せず、私の
経験では、気分安定薬が適切で、抗うつ薬は有効なときと有効でない時がある。
4-2 双極性スペクトラムの実際の妥当性
このように双極性スペクトラムを診断して何の役に立つのだろうか?これらの患者は単極性うつ病の患者とは違い、抗うつ薬が画一的には効かないし、完全
にも効かない。新型抗てんかん薬のような気分安定薬単独低用量が有効であることがあり、また、これら薬剤に標準型抗うつ薬低用量を併用することがよい
場合もある。研究者はたいていDSM-IVに従って診断しているので双極性スペクトラムについての実証研究データは少ない。ここでの議論はおおむね私個人
の臨床経験に基づくもので研究は今のところ限定されている。
—–キーポイント————–
他の条件が同じであるとして、双極Ⅰ型を除外して双極スペクトラム障害と診断したら、少量のリチウムまたはバルプロ酸、または新規抗てんかん薬で開始

する。すべて単剤で、標準型抗うつ薬は用いない。

双極スペクトラムのときにリチウムやバルプロ酸のような標準気分安定薬を少量使うことが適切なのは、彼らは躁病を経験していないので、こうした気分安
定薬を服用したくないとしばしば思うからである。しかし大切なのは、リチウムとバルプロ酸の治療血中濃度に関する研究の多くは急性躁病に限られている
ことである。この「治療」濃度は高齢者や子供の場合(26章を参照)には適用されない場合がある。またその濃度は、双極Ⅰ型つまり急性躁病を呈していない
患者の場合には適用されない場合がある。したがって、定義から言えば、双極スペクトラムの場合に気分安定薬の適切な血中濃度はどの程度かが問題になる
。信頼するに足るデータは少ない。ある研究では、気分循環症の80%以上がバルプロ酸の平均32.5mg/dLに反応していた。我々の双極スペクトラム障害の
診断基準を満たす患者に最初に少量のリチウムまたはバルブロ酸を使って良いと思っている。もし患者が反応したら、それ以上使わずに、副作用を回避
する。もし患者が反応しないなら、最高治療量まで上げてよい。もし患者が拒否したら、標準気分安定薬は中止して新規抗てんかん薬を使う。
「少量」にしても「治療用量」にしても、標準気分安定薬が効かなかったり、患者が拒否した場合には、新規抗てんかん薬を開始してよいと思う。ガバペン
チンを最初は眠前に300mg、次第に増量して300㎎を1日2回、さらに4日から7日ごとに300㎎増量して、治療レンジである一日あたり600から1200㎎とす
る(通常は900から1200㎎/日)。ガバペンチンが無効または耐えられない時は、トピラメートを使う。(眠前に25㎎で開始し、25㎎を1日2回とし、毎週25㎎/
日増量し、100から200㎎/日とする。)トピラメートが無効または不耐の時はラモトリギンを使う(眠前25㎎から開始し、週ごとに25㎎/日以下で増量し、一
日一回50から200㎎とする)。Stevens-Johnson症候群の危険があるので私はラモトリギンは他の抗てんかん薬のあとで選択している。双極Ⅰ型では私は他
の薬剤よりも先に使うが、それは有効性のエビデンスがあるからである。しかし、再度確認したいのだが、双極スペクトラムでは、最小限のデータに基づい
て診断治療する必要がある。その制約の中での私の考えは、最初に最も安全な薬剤を選択し、その次に有効性も大きいがリスクも大きい薬剤を選択するこ
とである。
抗うつ薬はどの段階でも使用してよい。過去に抗うつ剤の効果が乏しかった経験がある人には、気分安定薬をトライしている間は抗うつ薬を使用しないよう
にしている。抗うつ薬を加えないで気分安定薬を組み合わせることもある(たとえば少量リチウムにガバペンチンとか、ラモトリギンにトピラメートとか)。
また、抗うつ薬に反応しなかった経験がない人ならば、治療初期に抗うつ薬を使用する。それは気分安定薬をトライした直後であることもあるし、最初から
併用することもある。抗うつ薬は可能な限り少量で使用することが大切である。通常は単極性うつ病の場合の半分で充分だし、三環系抗うつ薬は避けたほう
がいい。とくに中枢刺激薬は使わないほうがいい。
—–症例スケッチ——————–
患者は33歳女性で23歳の時にうつ病と診断された。4種類の抗うつ薬を使用し(フルオキセチン、セルトラリン、ブプロピオン、ベンラファキシン)、ブプロ
ピオンとセルトラリンでは全く効果なく、ベンラファキシンでは短期の軽躁病エピソードがあった。彼女自身と家族によれば自発性躁病や軽躁病は一度も
ない。フルオキセチンが一番良く効いて(「こんなに気分が良かったことはない」)、明確な軽躁病はなかつたが、フルオキセチンの効果は1年の後になくな
った。最初の大うつ病エピソードは23歳の時、産後に起こった。うつ病エピソードの大部分は非定型の特徴があり、過眠と過食があり、エピソードは約4ヶ
月続いた。これまで6回のエピソードを経験している。いとこが最近双極性障害と診断された。ふたりの兄弟が「うつ病」と診断された。祖母は1950年代に

シゾフレニーと診断され電気けいれん療法を受けてよく効いた。

この患者では双極性の手がかりがいくつもある。しかし彼女は公式には双極Ⅰ型とも双極Ⅱ型とも診断されていない。自発性の躁病または軽躁病のエピソ
ードがないからである。このような患者を私は発見的な意味で(heuristic)双極スペクトラム障害と診断すれば有益であると思う。彼女はシタロプラムにリチ
ウムを加えて顕著に改善し、5年以上改善を維持できた。

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