第7章 気分安定薬とは何か。抗うつ薬とは何か。薬剤の分類と定義。v2.0
7-1-1 抗うつ薬とは何か
7-1-2 気分安定薬とは何か
7-2 気分障害の予防とは何か
7-3 なぜ抗精神病薬は気分安定薬ではないのか
7-4 結論
—–◎ここがポイント◎—————
・気分安定薬の用語は、何があっても気分が安定している薬としばしば誤解されている。
・気分安定薬の多くの定義は抗躁病作用と抗うつ病作用を含んでいる。
・私の考えでは気分安定薬の最もよい定義は予防薬である。予防効果のない急性効果では不十分
である。
・抗うつ薬はどんなうつ病状態にも効くと誤解されていることが多い。実際、標準型抗うつ薬は
全体に気分を持ち上げるが、単極性うつ病の治療の場合以外は必ずしも有効でもなく安全でも
ない。再発性うつ病エピソードに対しての予防効果は急性時の効果ほどには確立されているわけ
ではない。
7-1-1 抗うつ薬とは何か
しばしば患者は抗うつ薬はどんなうつ病にでも効くと思っている。抗うつ薬の言葉の感じからう
つ病に効くはずと思うらしい。医師として、このことについて患者を教育することが大切な仕事
である。1950年代に三環系抗うつ薬とモノアミンオキシダー阻害薬が開発されたときに精神医学
者によって「抗うつ薬」の語が新たに作られた。他にはthymoleptic(ギリシャ語で気分を切断
する)、psychic energizer(精神エネルギー薬)などが競合した。製薬会社などは抗うつ薬の語をよく
使うようになり、一般化していった。実際、はじめの研究は今で言う原発性単極性大うつ病性障
害に関してのものだった。
抗うつ薬の最も正確な定義は「原発性単極性大うつ病性障害に有効な薬剤」である。この定義で
は双極性障害も続発性うつ病も除外される。
—–キーポイント——————
抗うつ薬の語は特異的に単極性大うつ病性障害に有効な薬剤を意味する。双極性障害や続発性う
つ病では有効でない場合がある。
双極性障害急性うつ病に対して抗うつ薬は、急性効果が弱く確立されているだけであり、予防効
果はないことが報告されている。また中には抗うつ薬使用の結果としてラピッド・サイクリング
気分エピソードを呈する人もいる。ラピッド・サイクリングエピソードは本質的に大部分がうつ
病性であり、逆説的であるが、抗うつ薬が双極性障害のうつ病を促進してしまうことがあるので
ある。つまり、うつ病があるので抗うつ薬を使い、抗うつ薬のせいでラピッド・サイクリング
となってしまい、その結果うつ病のエピソードが増えることもあるということになる。従って、
双極性うつ病の場合の抗うつ薬の安全性と効果については確立されているとは到底言えない。
明確に身体医学的または他の病因があるときのうつ病を続発性うつ病と私は呼ぶ。脳血管病変の
後のうつ病とか甲状腺機能低下症の場合のうつ病である。ただし甲状腺機能低下症の前にうつ病
があれば別である。こうした続発性うつ病の場合は抗うつ剤が有効であるという証明はない。脳
血管性認知症のような場合には原発性単極性大うつ病に比較して効果が薄いと思われる。通常最
も効果的な治療は原疾患の治療である。
要約すると、抗うつ薬は抗「単極性大うつ病性障害」薬と言えるだろう。ただ抗うつ薬という言
葉の響きから、いろいろなうつ病にしばしば使われるだけである。抗うつ薬は単極性大うつ病に
対して有効なのであって、そのほかの場合に使うときには正しい理由があるときだけにすべきで
ある。
7-1-2 気分安定薬とは何か
気分安定薬はさらに誤解されている。抗うつ薬の起源よりもさらに不明瞭である。少なくと
も1950年代に医師はアンフェタミンとバルビタールの合剤のことを気分安定薬と呼んでいた。言
葉の意味は不明瞭であったが、現在双極性障害と呼ばれているような病気に効く薬という意味で
はなかったことは比較的確実である。むしろ、気分安定薬はうつ病の気分を持ち上げ、気分のむ
らを少なくするものと考えられていた。
リチウムが登場して双極性障害に広く使われるようになると気分安定薬はリチウムを指すように
なり、次第に現在の意味になった。リチウムは主に急性躁病で研究されていたので、気分安定薬
は抗躁病薬を意味するようになった。典型的な抗精神病薬のようなタイプの抗躁病薬との主な違
いは、リチウムは典型的な抗精神病薬よりも躁病後のうつ病の発生が少ない点であった。またリ
チウムは双極性障害においてうつ病を治療するところまでは三環系抗うつ薬と同じであるが、う
つ病を予防する点で三環系抗うつ薬と違っていた。
このようにして少なくとも四半世紀くらいは気分安定薬は抗うつ薬と抗躁病薬の両方の働きが
あり、急性期だけではなく長期予防にも有効であると考えられた。双極性障害に対する治療薬は
リチウムの他にはほとんどなかったので、最近までこの定義の妥当性は限定的だった。双極性障
害に対する有効な薬剤が新規に開発されて気分安定薬とは何かという問題の議論も活発にな
った。4つの定義があると私は考えていて、それぞれ厳格、進歩的、保守的、簡潔として表7.1に示
した。
——–表7.1 気分安定薬の定義——-
1.厳格
急性躁病、急性うつ病、躁病予防、うつ病予防に有効
リチウムだけが基準を満たす
2.進歩的
うつ病を引き起こすことなく急性躁病に有効
すべての非定型抗精神病薬が基準を満たす
躁病を引き起こすことなく急性うつ病に有効
ラモトリギンが基準を満たす
3.保守的
抗うつ病効果と抗躁病効果
双極性障害の3つのフェーズ(急性躁病、急性うつ病、予防)のうち2つに有効、2つのうち一つは
予防
リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンが基準を満たす
4.簡潔
急性効果は問わず予防効果があるもの
リチウム、ラモトリギンが無作為試験の一次分析で基準を満たす
ディバルプロエックス、カルバマゼピンが二重盲検無作為試験の二次分析で基準を満たし、オー
プン無作為試験の一次分析で基準を満たす
(ノート)定義の中の効果や有効は単剤使用を想定している。すなわち、それ単独での使用であり、
他の薬剤への付加というだけの意味ではない。
——キーポイント—————–
気分安定薬の語は気分障害のある特定のフェーズだけに有効であるものには使わない。つまり、
抗躁病薬は気分安定薬と同じではないし、定型的でも非定型でも抗精神病薬は単に急性躁病に有
効であるというだけならば気分安定薬ではない。
厳格な基準で言うとリチウムが「ゴールデン・スタンダード」である。急性躁病にも急性うつ病
にも有効で、双極性障害の躁病とうつ病を予防するのが気分安定薬である。リチウムは二重盲検
試験で双極性障害の4つのフェーズ(つまり、急性うつ病、急性躁病、うつ病予防、躁病予防)の全
てで有効性が証明された唯一の薬剤である。ヨーロッパでは薬剤規制機関が類似の定義を考えて
いるが、ある薬剤が急性躁病に有効でも躁病の予防効果が証明されなかったとしたら却下するだ
ろう。この厳格な定義の問題は、双極性障害の全ての患者にリチウムが必要になることである。
リチウム治療には多くの利益があるが(14章参照)、反応しない患者もいて、認容性のない患者もい
るし、単純に服薬拒絶する人もいる。
進歩的定義では、気分安定薬は、急性躁病の治療に際してうつ病を引き起こすことのない薬剤、
または、急性双極性うつ病の治療に際して躁病を引き起こすことのない薬剤である。私としては
概念を拡張しすぎだと思う。この定義では予防効果に関しては全く言及していない。この定義で
はオランザピン(ジプレキサ)、リスペリドン(リスパダール)、クエチアピン(セロクエル)、ジプラシ
ドン、ラモトリギン(ラミクタール)が気分安定薬に分類される。どの薬剤も二重盲検テストで有効
であった。しかし、気分安定薬は気分障害の中核薬剤であるから、これらの薬剤は長期にわたり
しばしば単独で使用される。もしこの定義が正しければ、これらの急性の利益は長期の利益にも
なるはずであるが、論理的にも経験的にもそうではない。
保守的な定義は進歩的と厳格な定義の中間に位置する。このアプローチでは気分安定薬とは抗う
つ病効果と抗躁病効果の両方を持つ薬剤のことである。著者が昔提唱した操作的な定義では、気
分安定薬とは、双極性障害の3つのフェーズのうち2つに対して単剤で有効であるものをいう。つ
まり急性躁病、急性うつ病、躁病またはうつ病の予防の3つうち2つ、しかもその1つは予防でなけ
ればならない。
現在までに、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンの4つの薬剤のみがこれらの
条件を満たす十分なエビデンスをもつ。これらはまた双極性障害に対して医師に長期的に最もよ
く使用される薬剤である。
最後に、著者が現在好んで用いている、シンプルな定義を示す。私は気分安定薬を予防薬と考え
ている。もしもある薬剤が双極性障害の将来の気分エピソードを防ぐのであれば、それは気分安
定薬である。前述の3つの概念に比べてかなりシンプルであるが、この場合、予防の意味するとこ
ろを慎重に定義する必要がある。
—–キーポイント—————-
これまでのところ4薬剤のみが簡潔な基準を満たす真の気分安定薬である。リチウム、バルプロ酸
、カルバマゼピン、ラモトリギン。
7-2 気分障害の予防とは何か
予防は簡単に言えばエピソードの防止である。製薬会社の研究デザインの仕方は複雑なので、少
し詳細に見ていこう。実際、真の予防と維持療法研究デザインとは違うものである。基本的には
二種類あって、ひとつは真の予防、ひとつは再燃予防である。再燃予防を意味してenriched
design と呼ぶことがある。
再燃予防研究では、テストをはじめる前に、既に研究されている薬剤(たとえばオランザピンやア
リピプラゾール)に対して最初に反応する人であることが必要である。つまり、急性躁病に対し
てオープンに(つまり患者にも治療者にも告知して)単剤で治療され、オランザピンが有効であった
症例に対して、維持療法研究に入り、二重盲検無作為試験でオランザピンを継続するか中止して
プラセボに切り替えるかになる。最初の気分エピソードの時まで続けられる。こうした研究がも
しポジディブであったなら、急性躁病にオランザピンが有効だった人はそれを長期間続けた方が
よいことになる。これが再燃予防である。急性エピソードに有効であったというだけなので「そ
のあとどのくらい続けたらいいのか?」という疑問が生じる。こうした研究では最初に薬剤が有
効であった人だけを対象としているので長期効果を検証する場合にもバイアスがかかる。
真の予防は別のものである。真の予防薬であることを検証する実験デザインとしては次のような
ものがあり、主にリチウムの古い研究で用いられた。患者は正常気分で試験を始め、急性の気分
エピソードを最近経験している必要はない。さらに、最近急性躁病や急性うつ病があった場合に
はどの薬剤で治療されていても構わない。研究対象の薬剤(たとえばリチウム)以外でもいい。たと
えば、うつ病であれば、単剤の抗うつ薬で改善したらそのあとにリチウムの予防効果研究に入る
。その際は抗うつ薬は中止してリチウムまたはプラセボが無作為に割り当てられる。このような
研究デザインならば、研究薬剤に有利なバイアスはない。さらに、(リチウムのように)効果が見ら
れたならば、誰でもその薬剤で長期治療して効果があるだろう。そうすれば、急性エピソードに
対して初期に効果があった人に限らず有効であると結論できる。
違いを示すために、急性躁病で入院しハロペリドールで改善した場合を考えよう。入院担当医師
は開始薬として気分安定薬は選択しなかった。2ヶ月後、私の外来クリニックで初診したとする。
私は双極性障害と診断する。ハロペリドールは気分安定薬ではないと認識しているので、長期予
防のために気分安定薬を加える決断をする。たとえ私がたとえばオランザピンを気分安定薬と信
じているとしても、維持研究はこのような患者の場合にはオランザピン使用を支持していない。
なぜなら患者は急性気分エピソードに対して最初にオランザピンが投与されて有効だったのでは
ないからである。この場合はリチウムだけがエビデンスのある薬剤ということになる。
全般に、真の予防に有効であると証明されたのは唯一リチウムである。この事実だけから考え
ても、(特に抗精神病薬の中で)他の新薬よりも気分安定薬として、リチウムは、はるかによく証明
された薬剤であることが明確である。
7-3 なぜ抗精神病薬は気分安定薬ではないのか
ここからはこの本の中でもっとも異論のある部分だろう。現代の医師は双極性障害の治療に当
たり、抗うつ薬を使いすぎたあとで、抗精神病薬を使いすぎるという大間違いをおかしていると
私は思う。このことは抗精神病薬が一般に気分安定薬として作用すると誤解しているから起こる
。実際は、抗精神病薬は気分安定薬ではない。この論点に関しては、多くの双極性障害研究者は
私に賛成しないと承知しているが、私なりに理由を説明して最終判断は読者に委ねようと思う。
基本的な事から始めたいと思うが、次に書くことは科学的に厳密に言えば全く正しくないことで
ある。しかし現実には現在常時臨床場面で演じられている。医師は特定の薬剤を支持するデータ
を信じるとしても(それは現在までのところオランザピン(ジプレキサ)とアリピプラゾール(エビ
リファイ)であるが)、気分安定薬の効果を一般化して非定型抗精神病薬全体が気分安定薬として有
効であると考えるのは間違いである。全く非科学的であり弁明の余地のない臨床的間違いである
。次に掲げる症例スケッチは私が経験したもので機密保持のために必要最小限の変更を加えてい
るが、薬剤はそのままである。
—–症例スケッチ————————–
36歳の女性が初めて受診した。過去の躁病エピソードとうつ病エピソードを明確に語り、双極Ⅰ
型と診断できた。彼女は最近急性精神病性躁病エピソードで5ヶ月間入院していた。ジプラシド
ン40㎎を一日2回(合計80㎎)飲んで回復し、現在は加えてシタロプラムを20㎎一日4回(合計80㎎)飲
んでいる。シタロプラムは退院後1ヶ月して加えられたもので、うつ病性症状が再発したので使用
された。面接では彼女は軽度にうつ病性症状を呈し、中等度に不安性症状を呈していた。以前よ
りはとてもよく回復していたが、いまだに彼女の正常レベルよりもかなり下の気分で、二人の子
供の世話にも支障を来していた。リチウムもカルバマゼピンも使ったことがなかった。バルプロ
酸(Divalproex)を2週間飲んでみたところ過剰に鎮静した。私はシタロプラムを中止してリチウム
を開始することを提案した。彼女は夫と相談してみると言い、夫は私に説明を求めた。私は夫に
説明してリチウムは最もよく証明された気分安定薬であり、彼女はこれまで気分安定薬を飲んだ
ことがないことを伝えた。夫は「X医師はジプラシドンは気分安定薬だと言った」と語り、私はジ
プラシドンが双極性障害の維持療法に有効であるという報告は一つもないこと、したがってジプ
ラシドンは気分安定薬とは言えないことを説明した。夫は「X医師は気分安定薬だと言い、あなた
はそうではないと言う。あなたを信じろと言っても無理です」と言う。患者はリチウムを飲ま
なかった。6ヶ月後、ジプラシドンとシタロプラムを飲んでいたにもかかわらず、彼女はうつ病が
再発して重症に至った。そのとき彼女は私に治療を求めて来たので、シタロプラムを中止とし、
リチウムを開始した。患者のうつ病性エピソードは速やかに解決し、1年間正常気分が続いた。
このケースの主要な問題点は医師が非定型抗精神病薬、しかも全ての非定型抗精神病薬を気分安
定薬と考えていることである。実際はそうではないので、患者はその薬剤を使用していても、し
ばしば気分障害が再発する。そしてそれはしばしばうつ病性症状である。双極性障害の場合には
長期効果は立証されていないにもかかわらず、医師はうつ病性症状があるからと判断して抗うつ
剤を加えることになる。この結果が私の言う「貧しき者の気分安定薬」であり、それは抗精神病
薬プラス抗うつ薬である。ジプラシドンが抗精神病薬であり、急性期躁病を抑えたが、その後う
つ病が発生して抗うつ薬であるシタロプラムを加えた。ジプラシドンは通常使用量は80から160㎎
/日のところを80㎎なので少なめ、シタロプラムは20㎎錠と40㎎錠があり、通常20から40㎎/日
使用する薬剤、ここでは20㎎錠を4回で80㎎使用しているので、通常使用量の倍量に当たる。
このケースでは診断は双極Ⅰ型、躁病エピソードで入院して抗精神病薬で改善、薬剤継続、その
あと、うつ病エピソードがあり、抗うつ薬を加え、その量は通常の倍ということになる。併用に
より軽度うつ病性症状+中等度不安性症状を呈し、抗うつ薬中止してリチウムで改善した。
医師は混乱してはいけない。真の気分安定薬はリチウムであり、抗精神病薬プラス抗うつ薬より
もはるかによく効果が証明されており、私の考えでは、はるかに有効である。この症例では、も
うひとりの医師Xが単純ミスをして、製薬会社が合法的には主張できないような主張をしている。
医師はいつもこんなふうに、支持するエビデンスなどないのに、臨床判断をしている。
次の問題はオランザピンやアリピプラゾールのような、維持療法に有効かどうか研究されている
特定の薬剤が気分安定薬と言えるかどうかである。私の考えでは、現状のエビデンスでは不十分
であり、この2つは気分安定薬とは言えない。
ーーー
ジプラシドンは統合失調症と双極Ⅰ型の躁病、および混合状態に用いる薬剤であるとされている
。ここで述べられているのは、 双極Ⅰ型の躁病、および混合状態に用いる薬剤であるからとい
って、この薬剤を気分安定薬のひとつと認定することはできないとする考えである。ジプラシド
ンはリチウムまたはバルプロ酸の補助として双極Ⅰ型の維持療法に使われ、その場合は80-160㎎
/日である。この部分に関してのエビデンスは乏しいと考えている。
ーーー
2つの独立な問題が関連している。第一に、維持効果あるいは予防効果を証明するためにどれだけ
の期間研究する必要があるのだろうか?第二に、この研究デザインは再燃予防デザインなのであ
るが、それが本当に(再発)予防効果を証明するのだろうか?
1.react 反応
acute treatment 急性期治療
2.remission 寛解
continuation treatment 継続療法
3.relapse 再燃
4.recovery 回復
maintenance treatment 維持療法
5.recurrence 再発
第一の問いに関しては気分エピソードの自然経過を調べる必要がある。単極性うつ病では、大う
つ病エピソードは平均で6から12ヶ月続くと考えられている。抗うつ薬が効き始めるのに2ヶ月か
かるので、最初の2ヶ月は急性期うつ病であり、2から12ヶ月は継続治療期間である。もしも抗う
つ薬が中止されたなら、単極性うつ病の自然経過を参考にすれば、患者はうつ病再燃し最初と同
様の初期急性エピソードを呈するだろう。12ヶ月の後には、患者は維持療法の時期に入り、その
後に気分エピソードが起こったとすればそれは、古いエピソードの再燃ではなく、新しいエピソ
ードの開始つまり再発である。この点に関しては単極性うつ病研究者は同意している。
双極性障害においては現在に至るまでそのような同意はないが、オランザピンとアリピプラゾー
ルについては批判的研究が一部にある。双極性障害では無治療で自然経過を見れば2から6ヶ月、
躁病の急性期が続く。うつ病は無治療で3から6ヶ月続く。したがって、治療の急性期は約1から2
ヶ月として、治療継続期は最低(発病から)6ヶ月時点になる。治療の維持期は最低6ヶ月過ぎた時点
でなければ始まっているとは言えない。
オランザピンの場合、図7.1のように、研究は12ヶ月継続され、プラセボよりも明らかに有益で
ある。一見したところ、私の維持療法の基準を満たしているように見える。しかし、この研究で
は再燃予防デザインを用いていた。この研究のすべての患者は急性躁病に対して説明されて最初
にオランザピンが使用されていたのである。
急性躁病に対してオランザピンが2週間以上の期間有効であった患者についてのみ、この維持研究
が行われた。この研究に参加した大半の患者は最初のほんの数週でオランザピンに反応した急性
躁病である。つまり、維持研究に実際に入った時には継続研究を始めたことになっているのだ。
図を検討すれば、オランザピンとプラセボの主要な違いは、研究開始直後に起こっていることが
分かる。プラセボ群の約75%は2ヶ月以内に再発している。それ以後、プラセボ群の数%のみがそ
の年の残りの期間で再発している。つまり、この研究から結論できるのは、急性躁病で2週間以内
にオランザピンで良くなるのなら、オランザピンを中止すれば2ヶ月以内に再発するであろうとい
うことだ。これは明白に継続治療期間内での、急性期初期エピソードの再燃である。急性期以後
に6ヶ月以上たってからの新しいエピソードを予防できた維持療法はどこにも示されていない。つ
まり、維持効果研究を装っているが、実際は、プラセボのカーブは、薬剤中止症候群または退薬
症候群を観察しているのである。私のこうした批判に対して、後付で再反論している説明によ
れば、2ヶ月を超えて継続治療された後の少数の患者ではオランザピンはプラセボにまさる効果が
あるという。しかし事実は、オランザピンとプラセボの大部分の違いは、初期の退薬症候群によ
るのである。この事情を考えれば、長期維持効果の主張はずっと弱いものになる。
なぜFDAがこのずさんな研究に基づいてこれら2薬剤の維持療法適応を承認したのだろうか。注意
すべきは、FDAはしばしば過ちをおかし、のちに適応を取り下げなければならなくなっているこ
とだ。特にオランザピンの場合には、FDAが明確に述べているように、研究デザインに大きな間
違いがあるので、将来の研究では、再発予防研究を開始する前に2週間以上の安定期を確認してお
く必要がある。私の考えでは医師がこれらの抗精神病薬の適応をFDAがどう言っているか解釈す
るにあたり、FDAがリチウムの維持療法についての適応を述べているのと同じ程度の信頼性があ
ると思うならば、間違いである。何十年にも渡るリチウム研究は数多くの研究者によって追試さ
れていて、こうした欠陥のある単発研究とは明確に違う。データは殆ど比較にならない。気分安
定薬としてのリチウムのエビデンスはアリピプラゾールやオランザピンよりもはるかに多い。つ
まり、医師がアリピプラゾールとオランザピンをリチウムと同等と考えるのも間違いであるし、
この他の抗精神病薬がリチウムと同等または優れていると結論するのはさらにひどい間違いで
ある。こうした医療はまったく非科学的であり公衆衛生に有害である。
7-4 結論
最もよく証明されている気分安定薬はリチウムであり、他の薬剤よりもはるかによく証明されて
いる。私の考えでは抗精神病薬は気分安定薬ではない。リチウムのように効果が証明された薬剤
に付加してのみ使用されるべきである。他に気分安定薬と似ているのはバルプロ酸(Divalproex)、
カルバマゼピン(テグレトール)、ラモトリギン(ラミクタール)である。双極Ⅰ型ではこれら4剤のう
ち1剤を治療の中心として、その他は付加薬剤として使用すべきである。
コメント