第9章 モノアミンオキシダーゼ阻害薬と三環系抗うつ薬v2.0


第9章 モノアミンオキシダーゼ阻害薬と三環系抗うつ薬v2.0
9-1 モノアミンオキシダーゼ阻害薬
9-2 三環系抗うつ薬
——◎ここがポイント◎—————————————————
・モノアミンオキシダーゼ阻害薬(MAOIs)は抗うつ薬の分類の中で最も効果的である。
・モノアミンオキシダーゼ阻害薬は高血圧発作の危険があり、SRIやアヘン誘導体を併用すると重
篤な薬剤相互作用を引き起こす。
・うつ病の約10%はMAOIsをトライしたほうがいい人たちである
・セレギリンを使った新しいMAOIパッチは、低容量投与するにあたり安全でよい選択である
・三環系抗うつ薬(TCAs)は治療抵抗性単極性うつ病で必ずトライすべきである

・ノルトリプチリン(ノリトレン)が最も有効で認容性の高い第一選択三環系である。

9-1 モノアミンオキシダーゼ阻害薬
MAOIsは一般に抗うつ薬の中でも最も効果の高い分類であると考えられている。残念なことに、
重篤な副作用の可能性があるので最近は使われない傾向にある。日本ではそもそも認可されてい
ない。
標準的なMAOIsはtranylcypromine(Parnate)とphenelzine(Nardil)である。これらの薬剤はモノア
ミン・オキシダーゼ酵素の二つの主なタイプ(AとB)を不可逆的に阻害する。この酵素はモノア
ミン、つまり、ノルエピネフリン、セロトニン、ドパミンを分解する。MAO-Aは全てのモノアミ
ンの代謝に関係する主要な酵素であり、MAO-Bはドパミン代謝に比較的特異的である。MAOIs
はMAO-AとMAO-Bの両方に作用する標準的で不可逆的な薬剤であるが、そのほかに、MAO-Bに特
異的なMAOIがあり、selegiline(Depremyl)である。セレギリンはメカニズムの違いを反映して副作
用も異なっている。関連する薬剤としては、モノアミン・オキシダーゼ可逆的阻害薬(RIMAs)が
あり、MAO-AとMAO-Bの両方を阻害するがそれは可逆的であり、副作用も異なる。RIMAの原型
であるMoclobemideは、合衆国では使えないが、カナダ、ヨーロッパ、その他多くの国で広く使
われている。

この分類の薬剤の概略は表9.1である。
—–表9.1————————————————————-
薬剤
有効量(㎎/日)
コメント
Tranylcypromine
(Parnate)
20-60
アンフェタミン類似、フェネルジンよりも認容性が高い
Phenelzine
(Nardil)
15-45
鎮静、体重増加
Selegiline
(Deprenyl)
5-30
低用量で選択的
おそらく最も認容性高い
Selegiline patch
(Em-Sam)
6-12
胃腸部での代謝をバイバス
高血圧発作の危険がないまたは減少
低用量では食事に気をつけなくていい
Moclobemide
150-500
可逆的、食事に気をつけなくていい、

合衆国では使用できない

フェネルジンは鎮静的であり、トラニルシプロミンは刺激的である。どちらも体重増加を起こし
、高血圧発作、重症薬物相互作用を起こす可能性がある。チラミンを同時摂取すると高血圧発作
が起こる。チラミンはチロシンと化学的に類似していて、チロシンはノルエピネフリンとドパミ
ンの原料である。チラミンはMAOによって分解されるので、MAOが阻害されるとチラミンが過剰
になる。このチラミンが交感神経系に作用して血圧を上げる。血圧が危険レベルになると脳血管
障害が起こったり死に至ることもある。チラミンに関係した食べ物としては成熟したチーズ、ワ
イン、ある種類の豆類がある。(表9.2)
——表9.2 MAOIs使用時にチラミン反応を回避するための食事アドバイス———
◎完全に避けるべきもの
成熟したチーズ、熟成した肉、ソラマメ、生ビール、ワイン、キャベツの酢漬け、醤油、その他
の大豆の食品。酵母抽出物(marmiteという商品名のパンに塗る黒いペースト、vegemiteと似たもの
)
◎あまり食べない方がいいもの
カテッジ・チーズ、クリーム・チーズ、フレッシュミルク製品、新鮮な肉、ウォッカ、ジン、白

ワイン、缶ビール、ボトルビール(一日に一種類以上のアルコールはダメ)、ビール酵母、豆乳

MAOIは重症治療抵抗性うつ病に適しているのだが、逆説的なことに除外すべき場合があって、極
度に衝動的、服薬遵守しない、認知障害がある、食事制限ができない、などである。さらに、重
度のうつ病に使用するのであるが、副作用リスクが高いのであまりに自殺傾向のある人には適さ
ない。そのような患者ばかりだと実際には使用できないが、実は多くのうつ病患者は(たとえ重度
のうつ病であっても)、自殺傾向もないし、衝動的でもなく、焦燥もなく、認知が高度に傷害され
てもいないので使用できる。またMAOI使用に当たっては、外来治療では、医師は患者が薬剤を責
任を持って使うと信頼しなければならないので、よい治療同盟が重要である。
MAOIs関係しては多くの薬剤相互作用があり(表9.3)、中でも二つが重症で、SRIsと、
meperidine(Demerol)のようなアヘン化合物である。どちらの組み合わせも致死的であり、絶対的
に禁忌である。どちらのケースも自律神経系の不安定、熱、ミオクローヌス、発赤、発汗、検査
異常値からセロトニン症候群にいたる。もう一つの大きなリスクは高血圧発作であり、
phentermineのような刺激物質と一緒に使うときに起こる。phentermineは薬局で売っている風邪
薬によく入っている。
—–ヒント———————————————–
MAOIsとSRIsを併用するとセロトニン症候群が起こる。セロトニン症候群は抗精神病薬による悪
性症候群に似ている(つまり、高熱、自律神経系の不安定、高い致死率)。しかし両者は筋肉の観察
で鑑別できる。セロトニン症候群ではミオクローヌスが起こり、抗精神病薬による悪性症候群で

は重症の筋硬直が起こる。

—–表9.3 MAOIsで見られる危険な薬剤相互作用———————
・高血圧発作 : L-DOPA、他のMAOIs、phentermine(OTC風邪薬)
・セロトニン症候群 : Meperidine,SRIs,TCAsも危険なことあり
・モルヒネは低血圧と関係する。

・コカインはまだしも安全であるが、完全に安全というわけではない。

標準的MAOIsは現在ある抗うつ薬のなかで最も効果的であることが証明されている。他の分類の
薬剤(たとえば三環系やセロトニン系)に反応しない場合でも有効であることが証明され、最も困難
なタイプのうつ病(たとえばメランコリー型)で有効、また双極性障害でも有効である。従って、電
気けいれん療法を除けば、MAOIsは重症うつ病に対して最もパワフルな武器である。
この薬剤の利益が大きいと認めるとしても、一方でリスクは重く見なければならない。私の個人
的なアプローチがあって、私はそれを有用で実際的だと思っている。治療抵抗性のうつ病に対
して、最初のMAOIsトライアルとしてセレギリンからはじめる。次にトラニルシプロミンまた
はフェネルジンを使う。理由としては、セレギリンは選択的MAO-B阻害薬であり、ドパミン代謝
に選択的に働くからである。ノルアドレナリン系は関与していないので、高血圧発作の危険はな
いし、セレギリン低用量(5-10㎎/日)であれば薬剤相互作用もない。こうした低用量ではパーキンソ
ン病の適応であるが、中には抗うつ作用を経験する人もいる。もしそうなら、危険なくMAOIの利
益を引き出すことができる。残念ながら、多くの人は抗うつ薬としてはもっと大量のセレギリン
が必要である(20-30㎎/日)。この量だとMAO-AもMAO-Bも不可逆に阻害する。しかしフェネルジ
ンやトラニルシプロミンに比較して高血圧発作が少なく、利用可能なMAOIの中で最も安全である
。不利な点として、うつ病治療に関しては研究が少ないことがあるが、二重盲検試験でうつ病に
対しての有効性が検証されたものもある。セレギリン・パッチは新しく開発されたもので、胃腸
での代謝をバイパスできるので、高血圧発作を減らすことができる。一日一回6、9、12㎎/日投与
する(いずれも急性単極性うつ病でプラセボに比較して有効)。パッチは6㎎/日では食事制限が必要
ないし、高用量にしても通常のMAOIs服用時の食事制限は必要ない。セレギリン・パッチは脳で
はMAO-AもMAO-Bも阻害し、胃腸では主にMAO-Bを阻害するので、結果として高血圧発作を少な
くするらしい。高用量でも、高血圧発作のリスクは経口MAOIよりも低い。
—–症例スケッチ———————————————
53歳男性は治療抵抗性慢性うつ病と診断されていた。17歳で治療され、フルオキセチン、セルト
ラリン、パロキセチン、フルボキサミン、シタロプラム、ノルトリプチリン、ベンラファキシン
、ミルタザピンについて、適切な量と期間で十分に投与された。ネファゾドンとブプロピオンは1
ヶ月以上のトライアルで副作用が強く耐えることができなかった。コンサルト医師はMAOIのトラ
イアルを勧めた。患者は10年以上にわたり自殺の傾向が慢性にあったので、主治医と患者は食事
制限についてはうんざりしていた。しかし妻の支援と励ましがあり患者はセレギリンのトライア
ルに同意した。5㎎/日では効果なく、2週間後に10㎎/日とした。特別な食事制限は必要なかった。
6週間たって副作用もなかったが効果もなかった。15㎎/日に増量し、食事制限が開始された。利
益はなかったが、いつもより不安は少なく、軽度に鎮静的だった。12週には20㎎/日とし、抑うつ
気分の軽度改善を語った。25㎎/日では妻によれば、家の周囲で活動的となり、社交に興味を持
った。低かった食欲が次第に改善した。30㎎/日ではかなり気分が改善し、今までにないほどだ
った。しかし時間の1/3は抑うつ的で、病気が始まった当時のようには活動的でもなく興味を持て

るようでもなかった。自殺したい気持ちはない。

9-2 三環系抗うつ薬
三環系抗うつ薬はかつて抗うつ薬治療の定番だった(表9.4)。しかし合衆国ではだんだん使われな
くなり、若手精神科医にはなじみのないものだろう。
—-表9.4 よく使われる三環系抗うつ薬———————–
イミプラミン(トフラニール) 三級 最も古い三環系
アミトリプチリン(トリプタノール) 三級 非常に鎮静的
デシプラミン(パートフラン:日本では販売中止) 二級 しばしばあまりに賦活的
使用可能な中で最もノルアドレナリン作用
ノルトリプチリン(ノリトレン) 二級 最も認容性が高い(副作用が少ない)
クロミプラミン(アナフラニール) 三級 最もセロトニン作用
強迫性障害で効果的

ドキセピン(Doxepin HCl) 三級 最も抗ヒスタミン作用 非常に鎮静的

私はこのことを残念だと思う。メランコリアや治療抵抗性うつ病にはSRIsよりも三環系抗うつ薬
が有効だという強い根拠を示した論文がいくつもあるからだ。治療抵抗性うつ病で三環系抗うつ
薬を一つも試していないなら、治療として不十分だと思う。現在では単極性うつ病では新規抗う
つ薬を何種類か試してみるのが普通だが、何年たっても、三環系抗うつ薬は一つも試していない
こともある。これは患者がいやがっているのではなくて医師がいやがっているのだ。
私の経験では、いくつかの単純なルールに従えば処方しやすい。(表9.5)
—–表9.5 三環系抗うつ薬処方の一般ルール—————————
1.三級アミン(たとえばアミトリプチリン)は代謝されて二級アミン(たとえばノルトリプチリン)に
なる。
2.二級アミンはノルエピネフリン再取り込みにより特異的で、より認容性が高い(副作用が少ない)

3.全ての三環系抗うつ薬は十分な効果を得るには200-300㎎/日が必要である。ノルトリプチリンだ
けは例外。
4.ノルトリプチリン(ノリトレン)は最適治療血中濃度がある唯一の三環系抗うつ薬で50-150ng/dL
である。
5.ノルトリプチリン(ノリトレン)は最も効果的で、最も認容性の高い三環系抗うつ薬であり、通常

は第一選択薬としてベストである。

第一に、予備知識として、三級アミンと二級アミンの違いを学ぼう。アミトリプチリン(トリプ
タノール)やイミプラミン(トフラニール)は三級アミンであり、それらの代謝産物であるノルトリプ
チリン(ノリトレン)やデシプラミンは二級アミンである。三級アミンはセロトニンとノルエピネフ
リンの再取り込みを阻害するが、二級アミンはより選択的でノルエピネフリンの再取り込みを阻
害する。三級アミンはまた他のレセプター系の複数を阻害するが、そのことで副作用が起こる(
表9.6)。二級アミンでは副作用は少ない。従ってときには三級アミンのほうが効果的である事もあ
るが、一般に、二級アミンのほうが認容性が高い。
—–表9.6 三級三環系抗うつ薬でよく見られるレセプターブロック作用——–
1.抗コリン作用 口渇、便秘
2.抗アドレナリン作用 鎮静、性機能障害、起立性低血圧

3.抗ヒスタミン作用 体重増加、鎮静

原則として三環系抗うつ薬を使うときには、二級アミンから始めるのが賢明である。三級アミン
は最後の手段である。三級アミンは治療抵抗性うつ病に対して最高量まで使うと認容できないこ
とが多い。ノルトリプチリン以外の三環系抗うつ薬はどれも、最適効果のためには200-300㎎/日
まで使う必要があり、その場合副作用が出て、耐えられないことが多い。
ノリトリプチリンは三環系抗うつ薬で唯一最適血中濃度がある(50-150ng/dL、理想的に
は100ng/dL)。
ノリトリプチリンの場合には早くぴったりの量に調整できる。二級アミンでもあり、私はノリト
リプチリンを最も有効で認容性の高い三環系抗うつ薬と考えて好んで使う。
—–ヒント———————————————–

三環系抗うつ薬のなかでノリトリプチリンが最も認容性が高く最も容易に量の調整ができる。

全ての三環系抗うつ薬は心筋に対してキニジン様の作用をし、伝導障害を引き起こしまたは悪化
させ、結果としてQT延長をきたす。極端なケースでは多形性心室頻拍(Torsade de Pointes)や心室
頻拍となり、しばしば致命的である。これは使用量に関係しているので潜在的には三環系抗うつ
薬の過量摂取は致命的である。一般ルールとして、三環系抗うつ薬を2週間以上処方すれば過量摂
取して死に至る危険がある。
医師の中には三環系抗うつ薬の低用量は非うつ病性の適応症の場合、さほど有害ではないと考え
る人もいる。不眠に対してアミトリプチリン(Elavil、トリプタノール)またはドキセピ
ン(Sinequan)のような三級三環系抗うつ薬を少量処方する場合である。しかし三環系抗うつ薬のこ
の使用は不適切である。安全な治療がほかにたくさんあるからだ(たとえばトラゾドン(デジレル))
。鎮静を目的として三環系抗うつ薬を使うのは利益がない。少量であっても不整脈の可能性があ
るから、また特に高齢者や心臓疾患を基礎に持つ人では危険であるから、有害である。そのよう
なリスクは少しだけとしても、必要がないのであれば、大きすぎる被曝である。また、不眠に対
して少量の三環系抗うつ薬を投与するのは多剤併用療法の4番目か5番目であることが多い。ほと
んどすべてのケースで、患者は三環系抗うつ薬と多剤との併用で、鎮静やその他の副作用を経験
している。一般に少量の三環系抗うつ薬は完全に取り去っても患者には何の危険もない。
私が強調したいのは治療抵抗性単極性うつ病には三環系抗うつ薬という最後の手段もあることだ
。特にノルトリプチリンのような二級アミンを最高量まで使う。しかし一方で、不眠のような非
うつ病性の適応に対して少量の三級三環系抗うつ薬を使うのはやめたほうがいいと強く勧めたい

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