第8章 単極性うつ病治療の原則 v2.0
8-1 精神療法の有効性
8-2 抗うつ薬の効果
8-3 寛解なのか、反応なのか
8-4 単極性うつ病の抗うつ薬による長期治療
8-5 神経症性うつ病について
8-6 要約
——-◎ここがポイント◎—————————–
・急性単極性うつ病に抗うつ薬を使えば大部分では反応するが、寛解に至るのは約半数のみで
ある。
・抗うつ薬使用の長期利益に関しては短期有効性に比較して確立されていない。
・神経症性うつ病の場合、抗うつ薬の有用性は十分には確立されていないし、よい研究がない状
態で、薬剤による長期治療には疑問があると見なされている。神経症性うつ病とは、全般性不安
障害と慢性気分変調症の混合で、再発性大うつ病エピソードの古典的経過をとらないものを指す
。
・認知行動療法と対人関係療法が2つの主なうつ病治療の精神療法であり、実証的に研究されて
いる。
・これらの精神療法は単極性うつ病の第一回または第二回エピソードにおいて抗うつ薬と同等の
有効性があると見られいる。そのあとのエピソードでは、抗うつ薬が通常必要であるが、精神療
法が付加的な利益をもたらす。
・神経症性うつ病においては精神療法が、しばしば抗うつ薬なしで、リスク・ベネフィットを考
慮して最も有利な治療であるとみられている。
・抗うつ薬による急性期治療では、異なる分類の抗うつ薬により、複数の十分で公正なトライア
ルをするよう注意すべきである。
・抗うつ薬の多剤併用は寛解率を高めるわけではない。明確な利益がない限り、多剤併用による
- 副作用が増えることを考慮して、過剰な抗うつ薬治療を回避するように注意すべきである。
- 療法かを選択する。
- 回避したいと希望し、毎週のCBTを4ヶ月施行し、徐々に回復し2年間再発していない。
- タイプ 治療 期間
- 非再発性 薬剤単独または精神療法単独 6-12ヶ月
- 精神療法は付加的 精神療法は必要なだけ
- 精神療法がうまく行かない場合は薬剤単独
- 神経症性うつ病では特にどの精神療法がいいとも悪いとも示されていない。
- ある。STAR-Dについては12章を参照。
- 可能性がある。
- 法を続け、一流大学で忙しいポストをこなしているにもかかわらず、3年にわたり再発がない。
- ステージV 最低3種の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし、1つはMAOIで、ECTに反応しない
- 減らし、1年後には月に一回にした。
副作用が増えることを考慮して、過剰な抗うつ薬治療を回避するように注意すべきである。
単極性うつ病の場合、精神療法を使うアプローチがよいか薬物療法を使うアプローチがよいか、
どう組み合わせるかについては複雑である。この章ではこのアプローチについての私見を要約
する。
8-1 精神療法の有効性
認知行動療法(CBT)と対人関係療法(IPT)は単極性うつ病での効果が証明されている(22章参照)。
CBTとIPTは標準化されマニュアル化されているので、双極性障害の治療についての実証的研究を
受け入れているしこれまでよく研究されている。しかしこうした実証的研究の結論については論
争も不一致もある。一部の研究によれば精神療法は抗うつ薬と同等に有効であるが、一部の研究
ではそうではない。精神療法は薬剤に対する付加療法として有用であるとする論文もあるし、そ
うではないとする論文もある。精神療法は抗うつ薬と同等に有益であるとする研究者もいるし、
それを否定する研究者もいる。こうした不一致をどう考えればよいのだろうか。
しばしば、要約では反対の結論と見える論文であっても、研究方法を詳細に比較すれば、両者に
矛盾はないことがある。多くの論文の検討をした研究者は2つの重大な結論に至っており、私もそ
れに賛成である。
第一に、精神療法が抗うつ薬と同等もしくはそれ以上に有効であるとする研究では、多くの患者
は初回または第二回の大うつ病エピソードについて治療がなされていた。
第二に、精神療法よりも抗うつ薬が有効であるとする研究では、患者は一般に3回以上のエピソー
ドを経験している。単極性うつ病の患者は、ただ一回のエピソードで終る人が1/3、再発エピソー
ドを複数回(通常3回以上)経験する人が2/3であることを思い出して欲しい。前に述べたようにクレ
ペリンはこの2つの疾患を、非再発性感情障害と再発性感情障害として鑑別して、違う疾患だと考
えていた。このことを踏まえて前述の研究結果を解釈すると、非再発性単極性うつ病(初回と第二
回エピソード)で精神療法は特に有効であるが、再発性単極性うつ病(3回以上のエピソード)ではそ
うではないということになるだろう。
—-ヒント——————————————————————
うつ病患者の経験した大うつ病性エピソードの回数が大切である。これによって精神療法か薬物
療法かを選択する。
再発はまた重症を意味するだろう。事実多くの文献で示されているが、患者のうつ病エピソード
が重症(うつ病評価尺度で高点数)であるほど、精神療法単独よりも、抗うつ薬によく反応する。し
かしながら興味深いことに、多くのエビデンスにより示されている通り、これらの重症うつ病患
者(特にメランコリーの特徴を有する患者)は、抗うつ薬に精神療法を付加するとさらによく反
応する。
したがって、抗うつ薬は重症または再発性うつ病で必須であり、一方、精神療法は必須ではない
のだが、抗うつ薬に付加したときには利益がある。
軽症で非再発性うつ病の場合は、精神療法単独で急性期治療には充分である。
—–症例スケッチ—————————–
27歳男性。それまで精神的変調はなかったが最近離婚して顕著に抑うつ的になった。薬剤使用は
回避したいと希望し、毎週のCBTを4ヶ月施行し、徐々に回復し2年間再発していない。
長期間の精神療法は非再発うつ病では不必要であり、それは定義からもそう言える。再発性うつ
病では抗うつ薬による長期治療が必要である(5年以上と実証的に証明されている)。一方長期精神
療法は有用と証明されることもあるし証明されないこともある。再発性うつ病患者で抗うつ薬が
中止されたなら、再燃はほとんど必発である。
こうした研究を基礎として、単極性うつ病に際しての精神療法と抗うつ薬の推奨指針を作った(
表8.1)。
——表8.1 急性単極性うつ病治療の原則————————————
タイプ 治療 期間
非再発性 薬剤単独または精神療法単独 6-12ヶ月
再発性 しばしば薬剤が必要 薬剤は期限なし
精神療法は付加的 精神療法は必要なだけ
神経症性うつ病 精神療法がしばしば最適選択 精神療法は場合によっては
期限なし、通常
は長期
薬剤は付加的に 薬剤は場合によっては期限
なし、しかしなるべく短期
または
精神療法がうまく行かない場合は薬剤単独
注。非再発性うつ病は初回または第二回の大うつ病性エピソードのこと。
再発性うつ病は3回以上のエピソード。
精神療法はエピソード的うつ病ではCBTまたはIPT。
神経症性うつ病では特にどの精神療法がいいとも悪いとも示されていない。
8-2 抗うつ薬の効果
再発性単極性うつ病で抗うつ薬が有効ならば継続することが必要であることが多い。しかし「急
性うつ病で抗うつ薬が有効なのはどのくらいの割合か?」という疑問もある。この本の前回の版
では利用可能な実証的データがなかったのだが、現在は米国国立精神衛生研究所(NIMH)が支援し
ている大規模試験であるSTAR-D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression;うつ
病軽減のための代替的連続治療法)(図8.1)の巨大なデータから引用することができる。
—-図8.1——————————————
第一トライアル
シタロプラム(n=4041)——–28%寛解、72%非寛解
第二トライアル
シタロプラム非寛解で研究に残っている人(n=1439;もとのサンプルの35.6%)
——-切り替え(約20%寛解)—ブプロピオンまたはセルトラリンまたはベンラファキシン
——-付加(約33%寛解)—–ブプロピオンまたはブスピロン付加
第三トライアル
非寛解で研究に残った人(n=377;もとのサンプルの9.3%)
——-切り替え(約15%寛解)—–ミルタザピンまたはノルトリプチリン
——-付加(約15%寛解)——-リチウムまたは甲状腺ホルモン付加
急性抗うつ薬トライアルに対する反応割合。STAR-D。各トライアルは12週間。全体で約30%が第
一オープントライアルに反応。残りの中で30%は切り替えか付加で反応【70%の中の30%で21%
ということでしょう。すると寛解は合計で30+21=51程度となる。】最初の2つのフェーズまでで
合計して53%が寛解。副作用に耐えられなかった人、その他の理由で継続出来なかった人が
ある。STAR-Dについては12章を参照。
—-ヒント—————————————-
うつ病患者の約50%は3つの薬剤のトライアルで反応する。反応しない50%の多くは双極性障害の
可能性がある。
3つの抗うつ薬に反応しなかった50%については双極性障害可能性を考えて注意深く診察する必要
があることを私は強く助言したい。最もありふれた誤診が双極性障害の見逃しであり、その場合
抗うつ薬に反応しない。新しいデータによれば治療抵抗性単極性うつ病患者の半数は、双極性障
害であり、気分安定薬付加に反応する。(ときには気分安定薬単独使用に反応する。詳細は18章を
参照。)残りの半数(つまり全体の25%)は純粋治療抵抗性単極性うつ病である。私は強く勧めたいが
、これらの患者ではまず第一に三環系抗うつ薬(TCAs)を試みるべきであり、次にはモノアミンオ
キシダーゼ阻害薬(MAOIs)かつ/または電気けいれん療法(ETC)を試みるべきである。非常に有効
なのに医師は勧めないし患者は受け入れないのが現実である。
抗うつ薬選択にあたって、どれとどれを試したら充分で公平だろうか?この問題についてはこ
こ10年で意見が大きく変化した。単極性うつ病については次の原則が一般に認められている。
1.多くの抗うつ薬では有効性検証の最低期間は4週間であるが。理想的には8週間である。
2.それぞれの抗うつ薬で最低有効量まで到達すべきである。
3.患者が服薬遵守しない場合は除外する。
もう少し細かい事情もある。たとえば、すべての抗うつ薬のなかで、フルオキセチンは、ルール1
で言われている最低治療期間よりも長く設定すべきである。フルオキセチンは半減期が非常に長
いので、最低6週間が必要であり、理想的には12週間である。一方アンフェタミン抗うつ薬は1週
間で有効であり、理想的にも4週間で充分である。
—–症例スケッチ—————————–
患者は35歳女性、22歳と28歳の2回大うつ病エピソードを経験し、今回の大うつ病エピソードは5
ヶ月間続いた。彼女のすべてのうつ病は学校関係のストレスに関係している。大学と大学院で難
しいコースを選択し、現在の大きな困難は、博士号をとったあとで最初の大学でのポストを見つ
けることだった。彼女の内科医は抗うつ薬を勧めて彼女は受け入れた。薬剤によく反応し維持療
法を続け、一流大学で忙しいポストをこなしているにもかかわらず、3年にわたり再発がない。
治療抵抗性うつ病の定義は抗うつ薬をどこまで試したら充分なのかに関係してくる。最小限のレ
ベルで言えば、一種類の抗うつ薬を十分量トライして反応がなかったら治療抵抗性ということに
する定義も考えられる。しかし前述の図8.1で示したように2剤または3剤に対する反応によって治
療抵抗性を定義してもよい。2剤から3剤になるに連れて治療抵抗性は高くなる。最も厳格な定
義は、3つの薬剤に対して最高用量まで使っても反応しなかった場合と定義するものである。なか
には、一般的な抗うつ薬(たとえばSRI、日本流だとSSRI)の多種類に反応しないが、他の種類の抗
うつ薬(たとえば三環系抗うつ剤のようなノルアドレナリン作動薬)には一度で反応することもある
。このように多種類の定義が提案されているということは、多種類の作用メカニスムを持つ異な
る分類の抗うつ薬でトライアルが行われるという考えにもなる。臨床的に有益と思われる最近の
考えは表8.2に要約できる。この表のいいところは、三環系、モノアミンオキシダーゼ阻害薬、電
気けいれん療法と、この順でもっとも有効な治療法があるかどうかのエビデンスに従って、治療
抵抗性のレベルを分類している点である。
—–表8.2 治療抵抗性のステージ分類——————————
ステージI 1種類の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし
ステージII 分類の異なる最低2種の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし
ステージIII 最低2種の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし、1つは三環系
ステージIV 最低3種の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし、1つはMAOI
ステージV 最低3種の抗うつ薬のフルトライアルに反応なし、1つはMAOIで、ECTに反応しない
現在多くの患者は三環系、モノアミンオキシダーゼ阻害薬、電気けいれん療法については充分に
公平なトライアルを受けないので、ステージII以上の治療抵抗性ということはできないだろう。こ
のことは、これらの患者は切適な治療法を選択すれば、まだ治療反応性である可能性があること
に医師は気づいて欲しい。
8-3 寛解なのか、反応なのか
近頃注目されているのが、50%の患者が抗うつ薬に急性反応するとしても、それよりも少ない部
分(多分20から30%)しか正常機能を取り戻していないことである。つまり、患者は臨床的にはうつ
病ではないが、元の仕事には戻れないし、元の日常生活にも戻れない、そして元の社交関係にも
戻れないのである。昔よりもさらに十分な治療が可能になっているのに、国際疫病研究によれば
、うつ病は依然として全世界的に罹患率と死亡率の最大の原因の一つである。どうしてそうなる
のだろう?
ひとつの理由としてあげられるのは、治療反応は治療寛解と同じではないことだ。抗うつ薬研究
では、治療反応はうつ病評価スケールで50%以上の改善と定義される。これは標準臨床治療にお
いては顕著な質的改善である。しかし、患者には40%または30%または20%の症状が残っている
。この現象を「残遺うつ病」と呼ぶ。研究によれば、残遺うつ病の患者は大きな機能不全を経験
している。
治療寛解は症状がほぼ完全に消え、最初の症状の10%以下となることで定義される。概してそう
した患者は正常機能を回復する。急性期に症状の50%以上が消えることを治療反応とすることに
は完全に賛成であるが、長期的に見てゴールは寛解である。つまり、最初には反応しても症状が
残遺するならば、医師は満足しないし、残遺症状を取り除く方法を探し続けるだろう。このこと
は薬剤や付加的精神療法をも変化させている。しかし薬物療法がしばしば変化することは患者に
混乱もたらし医師にフラストレーションをもたらす。薬物療法でしばしば見られることであるが
、ある薬剤の最高量を使用した上で他の薬剤を単純に加え、多剤併用となり、副作用が増え、生
活の質が失われ、しばしば治療からの脱落に至る。
私は患者にこんな風によく話す。残念なことであるが、抗うつ薬も気分安定薬も、薬剤は大ハ
ンマーのようなものだ。うつ病や躁病が重症のときには、きつい症状を取り除いて気分を改善す
ることができる。しかし必ずしも完全に正常な、気分スペクトラムのちょうど真ん中に戻してく
れるわけでもない。大体は患者はややうつ病側になり、さらに抗うつ薬や他の薬剤を投与される
のだが、簡単には全快するものではない。そこで必要なのは大ハンマーではなくて音叉である。
なかなかよくならない人にどのようにしたら寛解を達成できるのかまだよく分かっていない。私
の予感では多分、よく選択されて、効果の証明された精神療法が、こうした残遺うつ病を改善す
るのに重要な役割を果たすだろう。しかし今までのところでは限定されたデータしかない。患者
の側に実際の困難があり(たとえば時間や費用)、またアメリカの特有の問題がある(保険会社が長期
の精神療法を拒む、その代わりに製薬会社が薬剤治療に誘導したりしている)。うつ病治療のゴー
ルは未だに不明確なままである。
8-4 単極性うつ病の抗うつ薬による長期治療
抗うつ薬による長期治療は、短期治療ほどには有効性が確立されていないことに注意して欲しい
。新規抗うつ薬について10年以上の試験のメタ解析が発表されていて、新規抗うつ薬の有効性を
支持している。しかし、これらの研究の多くはセロトニン再取り込み阻害薬(SRIs)やそのほかの抗
うつ薬で、わずか一年の継続期間である。これ以上長い治療についてエビデンスとなるようなデ
ータはほとんどない。さらに、製薬会社がネガティブなデータを出さないのは明白であり、ネ
ガティブ・データの中にはどんな場合でも絶対に公表されないものもある。したがって、公表さ
れたデータに基づいたメタ解析を信用できるかといえば、公表されていないデータは除外されて
いる以上、やはり信頼できないことになる。最近のある研究では抗うつ薬には長期利益がないこ
とが示されている。たとえば、イタリアの研究では、抗うつ薬治療からCBTに無作為に移行し
た80名について10年間経過観察すると、CBTに切り替えた人よりも抗うつ薬を継続した人の方が
悪化していたという。
これもまた注意して欲しいのだが、単極性うつ病で抗うつ薬を使い長期治療した後に中断すると
、急速にうつ病再燃が見られる。これがしばしば長期効果のエビデンスと見なされ、抗うつ薬の
継続治療が必要だといわれる。別の説明は、これはうつ病ではなく禁断症状の発生であると見る
ものである。薬剤耐性や禁断症状を恐れるあまり抗うつ薬の早すぎる中断があったと議論される
。
このSTAR-Dデータベースがどこまで続くのか分からないが、医師は抗うつ薬の長期効果のエビデ
ンスは怪しいと思った方がいい。多分現時点で最も合理的な結論は、患者の中には抗うつ薬の長
期投与が必要な人もいて,そうでない人もいるということだ。医師も患者も両方の可能性に対し
てオープンになるべきだろう。
8-5 神経症性うつ病について
第2章で述べたように、神経症性うつ病という用語は1980年のDSM-IIIのとき公式の辞書から消え
ていて、重々しい響きの全般性不安障害(GAD)と気分変調症(dysthymia)に置き換えられた。結果と
して医師はGADと気分変調症の併存する患者をしばしば診察することになる。1980年以前に神経
症性うつ病とラベルされていた患者はGAD+気分変調症と同じ分類なのだろうと思う。私は神経症
性うつ病という用語に立ち返りたいのだが、それは偽科学的業界用語を使うことなくこれらの患
者の経験をもっと明確にとらえることができると思うからである。
この病気の中心症状は慢性中等度の不安と抑うつであり、大うつ病エピソードの診断基準を大部
分の時間満たさない。
これらの患者は比較的正常機能の時期によって区切られる明確な大うつ病エピソードを反復する
ことはない。不安症状は気分症状と同様に機能不全をもたらす。
神経症性うつ病(GAD/気分変調症)を治療するとき、医師はしばしば再発性単極性うつ病の治療と
同じ方法を使う。つまり、抗うつ薬による長期治療をする。これはひとつには、DSM-IVがこうし
た症候群をすべて大うつ病性障害(一部は気分変調症とGADとの併存症)と分類しているからである
。私の考えでは、診断をきちんと分けないから、証拠もなく、たぶん不必要な治療をすることに
なる。GADと気分変調症では抗うつ薬の長期利益は確立されているとは到底言えない。慢性状態
であるから短期利益といってもほとんど意味がない。しかし私にとってきわめて非科学的で、実
際反ヒポクラテス的なのは、抗うつ薬長期投与をすれば利益は不明なのに費用がかかるし副作用
があることである。私は過去には懐疑的だったのだけれども、今は古い精神分析家が正しかった
のだと思っている。こうした患者は精神療法で治療されるべきである。少なくとも患者に害を及
ぼさないし、しばしば助けになるだろう。費用と時間がかかることは確かであり、保険会社は払
い戻ししてくれないし、製薬会社は精神療法を販売することはない。広く知られた健康保健制度
の不備はあるものの、厳密に科学的観点から言えば、神経症性うつ病の場合には抗うつ薬長期投
与よりも精神療法が好ましいと私は思う。
—–症例スケッチ———————-
38歳男性の主訴は慢性不安、不眠、常時困惑、胃部不快感、頭痛、慢性抑うつ気分、全般的意欲
喪失(しかし趣味はできている)、自己評価の低さ、集中困難である。罪責感や自殺念慮は否定して
いる。エネルギーレベルは変動していて、ときに正常、ときに低下、しかし常時重度に低いわけ
ではない。不安と抑うつが常にあるので対人関係で問題を抱え、職業はうまくいかなかった。そ
れまで自殺企図はなく、入院もなく、薬剤を求めたこともなく、精神科的ケアを求めたことも
ない。本人診察と母親との電話によれば、慢性中等度抑うつ/不安よりも重度の再発性うつ病エ
ピソードの既往はなかった。十代と二十代の早くにそれぞれ3ヶ月持続する悪化した抑うつの時期
が1つまたは2つあった可能性があるが、その他は、病歴では慢性の性質である。患者は精神療法
を受けるかどうかについては迷っていたが、疾病保険は10回の面接をカバーしているだけなので
時間もお金もなくて無理と語った。こうして精神科医はセルトラリンを処方し、200mg/日まで
増量、3ヶ月継続し、患者はほんの少しだけ楽になったというが、性機能障害を訴えた。ブプロピ
オンは400mg/日を2ヶ月試した後に利益がなかった。ベンラファキシンは1週間して動悸がした
。シタロプラムは40mg/日を3ヶ月続け、不安が中等度改善したものの抑うつは改善しなかった
。ブプロピオンとシタロプラムを併用して利益はなく、不眠が悪化した。最後に精神科医は患者
に治療抵抗性うつ病であることを告知した。母親同席で診断面接が繰り返され、同じ病歴が確認
された。精神科医は精神療法の追加を強く勧めた。割引料金でソーシャルワーカーと面接するこ
とにした。精神療法をはじめて3ヶ月してやや改善し、6ヶ月して中等度不安減少し、1年して不安
も抑うつも少なくとも中等度改善していた。この時点で精神科医は最後に残っていた抗うつ薬の
シタロプラムを打ち切ったが、悪化することはなかった。患者は長期に精神療法を続け、頻度を
減らし、1年後には月に一回にした。
8-6 要約
単極性うつ病治療には二つの基本局面がある。急性期と予防期である。急性期には、最重要目的
は抗うつ薬の種類と量を充分試すことである。分類の違う薬剤を1つずつ試す。予防期には、抗う
つ薬よりも精神療法が有効である。精神療法が最も有効なのは非再発性単極性うつ病の急性期治
療のときである。さらに注意すべきは、残遺うつ病である。それは機能障害を引き起こす。反応
よりもむしろ寛解が治療の目標であり、そのことが、精神薬理学と精神療法を組み合わせるべき
根拠である。
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