第25章 気分障害の診察のポイント v2.0
25-1 はじめに
25-2 診察前に家族や友人に診察室に入ってもらう
25-3 うつ状態について聞き始める
25-4 グズグズしないで経過を聞く
25-5 過去の躁状態と軽躁状態の評価を入念に行う
25-6 二次性うつ病を鑑別する
25-7 過去の治療を確認する
25-8 診断が正しいのか検討する
25-9 治療選択肢について話し合う
25-10 ヒポクラテス的精神薬理学
25-11 遺伝歴・病前性格
—–◎ここがポイント◎——————————-
1.この患者さんにはどの薬が効くのか、どの薬は効かないか、それを判断するために診察して診断
する。
2.既往歴を聴取する時は患者さんに聞くだけでは不十分で、家族や友人にも話を聞く。前医からの
紹介状はあまり信用しないほうがいい。
3.現在症としてうつ状態があることはたいていすぐに分かるので、次は症状の経過を詳細に聞く。
これはDSMにはない。
4.うつ状態がある場合、過去に躁状態または軽躁状態がなかったか『念入りに』聞く。
5.二次性うつ状態の可能性についても考える。身体病に続発するものや生活体験に反応するものが
ある。しかし生活の中でのエピソードを原因として過大評価しないこと。せいぜいきっかけであ
る事が多い。
6.治療歴、特に併用薬についてよく聞く。
7.患者さんに診断を伝え、その理由とその他の診断ではない理由を説明する。
8.診断が確定すれば、治療方針は簡単に決まる。
25-1 はじめに
私の限られた経験からというと、うつ状態についても躁状態についても、多くの医師は聞き取り
が不十分である。どうしたら気分障害の診察にあたり充分な診察と診断が出来るか、考えてみ
よう。
初診の問診票でうつ状態があると分かっている患者さんが多い。その場合、私の初診の手順は次
のようである。
1.現在症としてのうつ状態を正確に評価する。(5分)
2.うつ状態の経過を評価する。(5分)
3.過去の躁状態と軽躁状態について評価する。(10-15分)
4.二次性うつ状態の原因がないか調べる。(5分)
5.治療歴・服薬歴。(5-15分)
6.診断の理由について説明する。(5分)
7.治療の選択肢を説明する。(5-10分)
次に上記それぞれについて解説しよう。
25-2 診察前に家族や友人に診察室に入ってもらう
待合室に家族や友人がいることが多いので、診察室に入ってもらう。初診の時には家族や友人に
付き添ってもらうように事前に頼むこともある。理由の一つは、彼らは患者に比較すれば正確な
過去の情報を語るから。理由の第二は、疾患の説明や治療方針の説明をして理解が得られること
が多いから。そして家に帰ってから繰り返し患者さんに説明してくれる。家族が同席していない
と患者さんが家族に説明することになるが、それよりも医師である私が家族に診断と治療を説明
したほうがいい。
家族の前では言いにくいことがあれば家族には席を外してもらい、最後の説明の時は同席しても
らう。
ヒントーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
患者さん一人に聞くのではなく、家族や友人に同席してもらう。
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25-3 うつ状態について聞き始める
ポイントーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現在症としてうつ状態があると確認できたら、うつ病の時間経過と躁状態、軽躁状態の有無を
聞く。現在のうつ状態について、たとえば睡眠の細部、食欲の細部、対人関係の細部、会社上司
・同僚との関係、家族との交流、友人や恋人との交流、きっかけやストレスなどについて話を聞
いていても、重要な診断材料は得られない。
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外来に相談に来る気分障害の人はたいていはうつ状態であるから、まず現在のうつ状態について
評価する。5分もあれば現在ある大うつ病の項目や自律神経症状について把握できる。これで終わ
りにする人が多いがそれではいけない。
うつ状態は診断名ではなく、症状の集まりでしかない。診断名は双極性障害、二次性うつ病、単
極性うつ病などである。単極性うつ病と言ったときには双極性障害や二次性うつ病は除外されて
いる。
したがって、現在症としてうつ状態が確定したら、過去の躁状態、軽躁状態、二次性うつ病の可
能性について検討する。
たとえばこの時点でうつ状態として定型的か非定型的かとか探索するのは見当違いである。薬剤
選択に役立つのは、経過の詳細であり、躁状態、軽躁状態の有無である。
25-4 大事なのは経過を聞くこと
残念なことに、うつ病の経過をよく聞くことは実はあまり行われていない。経過によって双極性
、単極性、二次性うつ病を鑑別できる。うつ状態は人生のいつ始まって、何回起こり、一度の持
続はどの程度で、何がきっかけで、エピソードとエピソードの間はどんな気分であったかなどを
評価する。
初発時の、憂鬱、失快感(アンヘドニア)、自律神経症状はどうか、そしてその頻度、持続期間など
はどうかを尋ねるが、患者さんはよく分からないと言うかもしれない。うまく答えられなくて困
っているようなら、選択肢を提示する。1ヶ月以内、6ヶ月、一年以上と区切る。単極性うつ病
は6ヶ月から一年、またはそれ以上、双極性はもっと短く、3から6ヶ月またはそれ以下の持続
であることが多い。
また、無治療の期間についても、薬剤不使用の自然経過として参考になるし、薬剤に反応しない
タイプでは服薬期間もやはりうつ病の自然経過を表現していると考えられる。
次にエピソードの回数についても、答えられない時は選択肢を提示する。1-3回のエピソードなら
ば単極性に普通見られ、双極性では少ない。それより多くのエピソードでは双極性に多い。そし
て持続が短い時は特に双極性が疑わしい。防衛的な人は当然今回が初めてです、これまでは何の
問題もありませんでしたと言うだろう。双極性の場合にはうつ状態といえども何か言いたい人も
多いようである。
次にエピソードとエピソードの間の気分状態を調べる。いつもうつ状態ですというならば、気分
変調症またはサブクリニカルな(つまり症状として気付かれない程度の)うつ病が考えられる。その
人にとっての普通の基準が何であるか話の中でつかむ。躁状態の人は躁状態が私にとって普通で
健全だと思っていることが多い。
25-5 過去の躁状態と軽躁状態の評価を入念に行う
ここが診断的にも治療的にも最も重要である。双極性と診断されたくないと思う患者さんも多い
ので質問はゆっくりと回り道の感じで聞く。単刀直入はいけない。
「怒っていらいらして、でもうつ的ではなく、エネルギーに溢れ、いろんな活動をした、そんな
時期はありましたか」などと聞く。躁状態の診断基準にある硬い言葉で聞くのではなくて、患者
自身の言葉を引き出すようにする。「自分ではどんな感じだったのか、周囲は何と言っていた
のか」、それを聞いて逐語的に記録しておく。専門用語に翻訳しない。時間がないときに思考奔
逸(+)などと書くがこれでは記録としては不充分である。
ヒントーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
患者さんの言葉を逐語的に記録する。患者さんに自分の言葉で語らせること。(しかし最近では診
断基準や解説が浸透しているようで、診断基準の言葉をそのまま語る人もいるのだが。)精神医学
専門用語に翻訳して書くのは良くない。(だってそのお医者さんが信用できるか分かんない。)
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過去の躁状態や軽躁状態が明確になれば診断作業は完了であり、双極性障害の診断が確定する。
躁状態や軽躁状態が明確でないうちは診断確定ではない。家族や友人や会社同僚に確認したいの
で呼んでもいいし電話でもいい。診察中に電話をかけるのも良い。(双極性障害の見落としがある
と診断は単極性うつ病または二次性うつ病になり、薬剤選択が違ってしまう。双極性障害には抗
うつ剤はむしろ使ってはいけない。単極性うつ病と二次性うつ病には抗うつ剤を使うべきだ。ま
た初回短期エピソードで遺伝歴もなければ反応性うつの可能性が高いので、精神療法を考える。)
25-6 二次性うつ病を鑑別する
うつ状態の一部は心理社会的エピソードに対する反応であるが、ほとんどは生物学的要因つまり
詳細不明であるが脳内異変によるものである。『きっかけ』と『原因』を区別しよう。『きっ
かけ』に過度に囚われるのは良くない。たいていはうつ状態になる直前に何かエピソードがあれ
ばそれが『原因』と思いたがるものだが、それは大間違いである。人間の脳は何とかつじつまを
合わせようとする働きが強いので、正確な因果関係が不明なときにでも、時間的に近接してい
たり、感情として了解できたりする場合には、『原因』と認定しがちである。しかしうつ病の
場合、原因はすでに進行しつつあって、心理社会的エピソードは単なる『きっかけ』である場合
が多い。あるいはすでに生物学的要因によって起こっていた変化の『結果』でしかないかもしれ
ない。(この文章は「双極性障害を見落とさないようにしよう」「双極性障害診断の感度を上げ
よう」という趣旨なのでこのような言い方になる。)
ヒントーーーーーーーーーーーーーーーーー
人間の脳は無理にでもつじつまを合わせて理解したがるものなので注意が必要。気分変動に関す
るエピソードの表面的な意味に囚われないようにしよう。常識的に心理社会的なエピソードが原
因と思える場合でも常識をいったんは留保しよう。それは生物学的要因が関わっているかもしれ
ないと考えて見よう。
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反復性でない経過をたどっている気分障害の場合には、心理社会的エピソードに対する反応の可
能性もある。しかし反復しているならば、心理社会的エピソードは『きっかけ』にすぎないだ
ろう。
脳血管障害のあとにうつ状態が見られるならば因果関係を考えるけれども、うつ状態を何度も繰
り返すのならば脳血管障害とは別の原因かもしれない。一方、甲状腺機能低下症の場合には反復
性うつ状態の原因となるだろう。薬物乱用の場合も、乱用頻度とうつ状態の反復性を考えれば区
別できることがある。
ポイントーーーーーーーーーーーーーーーーー
非反復性で二次性うつ病であることが明白である場合以外は、外的要因は『原因』ではなく『き
っかけ』と考えておこう。原因確定は難しいので留保して症状と経過の記述に集中した方がよい
。精神医学の歴史を振り返るといろいろな流派が興っては廃れていった。原因についての当時の
推定は現在では価値がない。価値があるのは症状と経過に関する記述である。
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25-7 過去の治療を確認する
薬の種類を聞いただけでは不充分である。使用した薬剤について患者さんに書き出してもらい持
参してもらう。それをもとにして診察の中で詳しく聞いてより完全な記録にする。聞きたいのは
以下の事項である。
薬剤名/使用期間/主な使用量/効果/副作用/中止した理由/同時期に併用していた薬
思い出せないと語る患者さんの場合にも、実は正確には思い出せないだけでおおよそならば思い
出せるという場合が多いので、だいたい区切って選択肢を提示すると、そこから話が進むことが
多い。
ヒントーーーーーーーーーーーーー
どんな患者さんの場合でも粘り強く過去の治療歴を引き出す。選択肢を示しながら聞いていけば
何とかなる。
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最近の薬はたいてい一日2錠くらいで有効なので薬剤の一日量はあまり問題にならない。
投与持続期間はもっと重要で1ヶ月以内だと効果の参考にならない。1ヶ月以上ですか以内ですか
と聞く。そして一ヶ月以内というのであれば薬剤の有効性についていうことはできないし、たい
ていが副作用が心配でやめた人だと思う。次に1ヶ月以上、6ヶ月以上、1年以上、さらにもっと長
くかと聞く。その場合に併用薬があったかどうか確認する。副作用は良く覚えているものだし、
全く効かなかったという場合も印象深く記憶しているものである。長く飲んでいた場合にはどの
程度の期間利益があったか確認して認容性について考察する。
双極性障害や治療抵抗性うつ病の場合には併用薬の聞き取りが大切である。双極性障害の場合、
抗うつ剤と気分調整薬を併用することに問題がある場合もある。治療抵抗性うつ病の場合
はSTAR-Dでも示されているように薬剤変更よりも併用が有効な場合もある。
ポイントーーーーーーーー
病歴のポイントは併用薬。
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25-8 診断が正しいのか検討する
ここでオスラーのルールを適用しよう。「症状ではなく病気を治せ」。病気の診断が確定すれば
治療の選択肢は明瞭になる。
時間の制約があるため確定診断に至らない場合もあるし、診断を重要と思わない人もいて、とり
あえず症状に対処していればいいと思う人もいる。しかしこれはオスラーのルールにも反してい
るしヒポクラテスのアプローチ(害をなすな)にも反している。
診断が確定すれば治療は決まるのだから診断に時間をかけることが大切である。患者さんに正確
な診断を伝え、その際の患者さんの気持ちについて対話するのも大切である。
ポイントーーーーーーー
診断確定して患者さんに説明し、患者さんの反応を観察する。作業仮説の理由を説明し、それ以
外を採用しなかった理由を説明する。
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ここで、作業仮説は変更があっても良いのだと確認しておこう。精神医学では経過が明らかにな
って初めて診断が確定することもある。何年も無反省に同じ診断が説明されているのは良くない
。経過を参照すれば昔の診断は間違いだと確定できることもある。
25-9 治療選択肢について話し合う
ここでホームズのルールを適用しよう。「無害の証明がない限りは薬剤は有罪である」。本当に
有効な薬ならば使ってよい。診断が正しければ薬剤使用も正しい。したがって正しく診断し有効
性にしたがって使用することが肝心である。
ポイントーーーーーーーーー
正しい診断により、どの薬剤を使用すべきか使用すべきでないかが決定される。正しい診断が精
神薬理学の最大難問である。診断が正しければ治療選択は容易である。
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副作用がなくて安全だが効かない薬を使うことはヒポクラテスの原則に反している。まず診断に
基づいて有効な薬剤はどれかを選び、その後に副作用の可能性について話し合う。多剤併用はな
るべく回避する。
ポイントーーーーーーーーーーー
薬剤は有効性を第一に選択する。副作用が無くても無効な薬は避ける。
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25-10 ヒポクラテス的精神薬理学
診察をして正しい診断を確定する。オスラーのルール「症状ではなく病気を治せ」を適用して、
治療可能な病気を見つける。ホームズのルール「無害の証明がない限りは薬剤は有罪である」を
守りつつ、有効性のある薬剤を選択し、ヒポクラテスのゴールを目指す。ヒポクラテスは病気も
自然の作用のであると考え、病気と自然を対立させなかった。「自然が治し、医師は助ける。
」「ときに治し、しばしば癒し、常に寄り添う。」
25-11 遺伝歴・病前性格
気分障害そのものでも、その気質でも、また統合失調症やてんかんでも、遺伝関係がないかどう
か確認しておくべきである。祖父母の代くらいまで。また生育歴の中で小中高大学の成績、得意
科目、参加していた部活動、趣味などは参考になる。最近では海外留学の経験もあるのでそのと
きの動機や実際の様子なども参考にする。また病前性格の把握として、几帳面、熱中性、対他
配慮、強力性、弱力性などは会話の中で把握しておく。
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