第23章 高齢者 v2.0


第23章 高齢者 v2.0
—–●重要なポイント●——————————————————
・薬物相互作用の少ない抗うつ薬の使用がベストである。例えば、シタロプラム、ブプロピオン
、セルトラリンである。
・高齢者に関しては、リチウムは非高齢者に使用される半分の濃度で処方されるべきである。双
極性障害の高齢者には、0.4ng/dLの濃度が治療的であろう。
・高齢者の双極性障害に対しては、バルプロ酸はリチウムよりも認容性がある。

・抗精神病薬の中では、ジプラシドンとアリピプラゾールが総合して最も認容性がある。

23-1 ◎単極性うつ病◎
抑うつは高齢者にとってごく一般的に起こるものである。
60歳以上になってから初発のうつエピソードが起こりうる。これは2つのうち1つのピークであ
る(1つ目のピークは30歳前後で起こる)。
40歳過ぎて体験される気分エピソードは、主として医学的な病気を基にした二次的なものである
とこれまでは考えられてきた。
このような経緯があって、潜在的な医学的原因がないか(つまり気分エピソードの裏に身体医学的
な問題を仮定して)注意深い検査が行われるというのも事実である。
マネージド・ケア時代以前においては、年齢に関わらず全ての気分障害の患者に対して、MRI
やEEG、神経心理学的な検査を行っていた所もあった。
マネージド・ケアによって、20代30代で原発性気分障害を発症した若い患者に対して以上のよう
な検査を行うということは減ったものの、
40歳以上で初発の気分障害である時は特に、可能なら上記のようなテストを行うことが依然とし
て理に適っている。
それにも関わらず、60歳を超えてうつを発病した多くの人で、原発性身体医学的原因がないとい
うことが徐々に認識されてきている。
高齢者の体験するうつ状態というのは、加齢に伴う家族や友人の死に対する悲しみや、日常生活
における肉体的な不自由さ、仕事に満足感が得られないこと、孤独といったものに伴うとしばし
ば考えられている。
同時に起こった医学的な病気(特に神経学的なもの、心臓疾患、腫瘍(ガン)など)は大うつ症
状と大きな関連がある。
抗うつ薬治療がこのような人たちに対して、心理的に、そして医学的に良い結果をもたらすのか
ということは明らかになっていないが、
うつ状態が持続することが悪い結果をもたらすということは本当のようである。
心理療法と抗うつ薬治療が、このような状況では良識ある選択であろう。
高齢者に関しては、抗うつ薬の副作用に特に注意を払う必要がある。
若者は認容性があったとしても、高齢者にとっては重要な問題を引き起こす可能性がある。
高齢者の殆どは他の病気に対して服薬しているため、多くの薬物相互作用を引き起こす抗うつ薬
の使用は避けるのが賢明である。
例えば、フルオキセチン、フルボキサミン、ネファゾドンが挙げられる。
さらに、鎮静抗うつ薬(例えばベンラファキシン、ミルタザピン、三環抗うつ薬(TCAs))
は一般的に、高齢者に多大な認知的影響を与える為、最も避けるべきとされている。
TCAsは心臓に対するリスクもあるため、避けられるべきである。
パロキセチンは抗コリン作用のために避けた方がより良いとされている。
これらは一部の患者に対しては有用であるが、最初に選択するものとしてはあまり良くないよう
である。
○ポイント○—————————————–
最も副作用の少ない薬はシタロプラム、セルトラリン、ブプロピオンSRである。これらはいず

れも高齢者の抑うつに効果があると示されてきている。

23-2 ◎双極性障害◎
大抵の場合、高齢者の躁状態は長年の双極性障害に付随して起こる(たまに、以前に診断を受け
ていない者や、大うつ病障害と誤診されている者もいるが)。
時たま、新たな躁エピソードが、裏に潜む病因の副次的産物として起こることもある。例えば視
床の発作や、小脳白質の梗塞が挙げられる。
病因がなんであれ、若者の双極性障害(特にⅠ型)への治療の場合、一般的に気分安定薬の投薬
がされる。例えばリチウム、ジバルプロエクス、カルバマゼピン、ラモトリギンである。
高齢者に対しては、特にリチウムの使用に注意を払う必要がある。
加齢によって血液脳関門がより透過性のよい状態になり、一方で腎臓の機能が徐々に低下する。
結果として、若者であれば中枢神経系リチウム濃度を高くするには血中リチウム濃度を高くする
しかないが、高齢者では血中リチウム濃度がずっと低くても中枢神経系のリチウム濃度が高く
なる。
また、加齢によってリチウムの腎臓クリアランスも低下する。
換言すると、非高齢者成人では、0.4ng/dLから0.8ng/dLの中枢神経系リチウム濃度を得るには、
0.8ng/dLの血中リチウム濃度が必要である。0.4ng/dLから0.8ng/dLが有効範囲であり、中枢神経系
リチウム濃度0.8ng/dLは許容範囲のうち最も高い濃度ということである。
高齢者では、血中リチウム濃度0.4ng/dLであると、ほぼ同じ中枢神経系リチウム濃度に(0.8ng/dL
)になる。
つまり、高齢者にとっては血中リチウム濃度0.4ng/dLが基本的に治療的であり、非高齢者成人の血
中リチウム濃度0.8ng/dLの時と似たような効果が得られるということである。
必然的結果として、高齢者にとっては血中リチウム濃度0.8ng/dLは害を及ぼす可能性があり、非高
齢者の2倍の濃度に相当するということである。
不幸なことに、多くの医者が血中0.6ng/dLから1.2ng/dLの範囲が治療的であると報告している実験
による基準に惑わされている。それは高齢者にとっては不適切である。
もしリチウムが高齢者に使用されるならば、低濃度で使われるべきであり、それが実際は治療的
な濃度なのである。
○ポイント○—————————————————————
リチウムの使用は、高齢者に対しては、脱水による中毒のリスクから困難である。
もし使用するなら、非高齢者に使用されるものの約半分の量が治療的であろう。

0.8ng/dLは中毒になりえる。

対照的に、ジバルプロエクスの濃度に関しては、大部分は高齢者と非高齢者は同じである。
結果として、この点に関してはジバルプロエクスがより安全である。治療的に働く濃度の幅が
広く、よってリチウムがしばしば引き起こすような合併症が減る。
カルバマゼピンは薬物相互作用が多くあり、高齢者の多くが抱えている病気に対して、多剤投与
が必要になっているということを考えると、あまり有用ではない。
必要であればオキシカルバゼピンが代替になるであろう。もっとも、カルバマゼピンが双極性障
害に与える効果と同等のものが得られるかどうかはまだ証明されていない。
また、低ナトリウム血症については引き続き注意する必要がある。
もし薬アレルギーが出現しておらず、発疹のリスクが理解されるのであれば、双極性障害の症状
がある高齢者に対してラモトリギンが効果を示すかもしれない。
非定型抗精神病薬が使用されるならば、抗コリン作用薬、および抗アドレナリン作用薬はより少
ない方が好ましい。
特定の注意を挙げておく。
リスペリドンは脳血管障害のリスクの増加に関連があるとされていて、FDAでは黒枠警告として
いるが、どの程度までこの2つに因果関係があるかは定かではない。
これを別にすればリスペリドンの少量使用は高齢者の不穏に認容性がある。
クエチアピンは強い抗アドレナリン作用がある。これによって、特に高齢者では鎮静状態と起立
性低血圧が引き起こされる。
転倒による死亡リスクを鑑みると、起立性低血圧のリスクは考慮されるべきであり、注意深く監
視される必要がある。
加齢によってパーキンソニズムのリスクが増大するため、この問題からするとクエチアピンやク
ロザピンは他より良いかもしれない。
もっとも、クロザピンは高齢者にとっては危険ではある。クロザピンはてんかん発作、鎮静、無
果粒球症のリスクを高めるからである。
アリピプラゾールとジプラシドンの少量服用が認容性があるだろう。
高齢者の不穏に対しては、筋肉内へのジプラシドンの使用が一般的になってきている。
メタボリックリスク(肥満と心臓血管のリスクを増やす)がないことも、高齢者へのジプラシド
ンとアリピプラゾールの使用にプラスに働いている。
オランザピンは躁状態にも不穏にも効果があるが、クロザピンと同様に、メタボリックリスクが
あることで、長期の使用は難しい。
非高齢者と同様に、筆者の意見としては、抗精神薬は気分安定薬のように単独で使用すべきでは
ない。
必要であれば標準気分安定薬の補助として使用すべきである。
○キーポイント○——————————————————–
非定型抗精神病薬の中で、抗コリン作用と、抗アドレナリン作用のなるべく少ないものを使用す
ると良い。
一方で、高齢者は錐体外路症候群にもなりやすいことを頭に入れておく必要がある。

最も新しい薬剤である、アリピプラゾールとジプラシドンが最も認容性があるだろう。

抗うつ薬が双極性障害の高齢者に使用される場合、多くの抗うつ薬治療でみられる医学的副作用
に特に注意を払う必要がある。
非高齢者であれば高い認容性があるものでも、高齢者は重大な問題を引き起こす可能性がある。
ほとんどの高齢者が他の病気があって服薬しているため、多くの薬物相互作用のある抗うつ薬は
避けるのが賢明である。
例えば、フルオキセチン、フルボキサミン、ネファゾドンである。
さらに、鎮静的抗うつ薬(例えばベンラファキシン、ミルタザピン、そしてTCAs)は高齢者
に対する認知的影響を考慮すると最も避けるべきものである。
TCAsは心臓疾患のリスク、および躁状態誘発のリスクがあるので一般的には避けたほうが
よい。
パロキセチンは、躁状態の誘発リスクが低いことが証明されているが、やっかいな抗コリン作
用(意識障害などを含む)を引き起こす傾向がある。
これらの薬は患者さんによっては有用であるが、理想的なファーストチョイスではない。
副作用が最も少ないのはシタロプラム、セルトラリン、ブプロピオンSRのようである。
これらはすべて高齢者の抑うつに有用であり、双極性障害の研究では比較的躁状態になるリスク
が低いようである。
非高齢者の時と同様に、急性期の双極性障害の患者に対しては抗うつ薬は短期間の使用を強くお
勧めする。また、急性期から回復した後は使用を中止すべきである。
これは、無作為化試験で維持効果がないことや、気分の不安定化を通して病気の予後が長期的に
悪化する可能性があるという証拠があることからである。
詳しくは表(23.1)を参照。
要約すると、双極性障害を持つ高齢者は標準気分安定薬によって治療されるのが望ましい。これ
は非高齢者と同じである。
しかしながら、リチウムに関しては高齢者の方が使用が難しい。恐らく、ジバルプロエクスやラ
モトリギンがより有用だろう。
抗うつ薬に関しては、ブプロピオンやセルトラリン、シタロプラムといった薬物相互作用が最も
少ない薬が有用であろう。
抗精神薬に関しては、メタボリック・リスクが最も少ないもの(ジプラシドンやアリピプラゾー
ルなど)を少量服薬するのが最も認容性がよいようである。
もっとも、状況によっては薬剤反応が鈍い不穏状態に対して他の薬が必要な場合もあるだろう。
—–表23.1 高齢者の双極性障害のマネージメントについて—————–

薬 :気分安定薬
長所 :長期治療の柱となってくれる
短所 :リチウムの有毒性がより一般的。
カルバマゼピンとの薬物相互作用が問題になる可能性有。
コメント:ジバルプロエクスとラモトリギンが恐らく最も認容性がある。オキシカルバゼピンで
代替できるようである。

薬 :抗精神病薬
長所 :急性期の躁状態と不穏状態に有用
短所 :単体で使用すると長期的には効果がなくなる可能性有。
クロザピンとオランザピンはメタボリックのリスク有。クエチアピンは強い鎮静と転
倒の危険性と関連有。リスペリドンは心臓発作との関連有。
錐体外路症候群が高確率。
コメント:アリピプラゾールとジプラシドンが最も認容性がある。

薬 :抗うつ薬
長所 :急性期のうつ状態に有用
短所 :長期的には双極性障害のうつ症状防止には有用でない。
多くのものは薬物相互作用がある

コメント:ブプロピオン、セルトラリン、シタロプラムが最も認容性があるだろう。

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