第22章 気分障害に対する精神療法 v2.0


第22章 双極性障害の精神療法 v2.0
22-1 機能の問題
22-2 どんな精神療法がよいか?
22-3 絶望と慢性症状閾値下うつ病
22-4 他の心理社会的介入
22-5 サポートグループ
—–◎ここがポイント◎—————————
・気分障害患者では多くの場合、症状改善と機能回復の間に大きな不一致がある。
・症状は改善しているのに、職業機能と社交機能で障害が残ることが多い。
・機能回復のためには精神療法と心理社会的介入が必要である。
・自助グループが重要な心理社会的介入の方法となり、予後を改善する。
・実存的絶望が慢性大うつ病エピソードの部分症状と誤解される可能性がある。正式の精神療法
でなくても、医師と患者の治療同盟が重要であり、実存的精神療法はこの種の絶望に利益がある

この本では、治療は主に精神薬理学に焦点を当てている。しかし精神療法と心理社会的介入が重
要なので、さらに論じる。
22-1 機能の問題
双極性障害の治療で心理社会的介入が大切であることは忘れてはならない。薬剤は症状改善には
役立つが、機能回復には役立たないことがあるからだ。
つまり、患者の症状は改善しても、仕事や勉強で元のレベルに戻らず、対人関係の点でも以前の
レベルに戻って維持することができず、全体として元の人生に戻れないことが多い。
これを症状と機能の不一致と呼んでいるが、双極性障害治療の場合には特に明確な問題となる。
エビデンスによれば、躁病エピソードで症状はほとんど完全に回復しても、2年後に機能の面で完
全に回復しているのは患者の約40%に過ぎない。
多くの患者は家庭生活で配偶者や家族との間に問題を抱え、仕事ではフルタイム勤務ができない

さらに、部分寛解の場合も、残遺うつ病症状や循環性症状があり、全般に機能不完全回復となる

ときに我々はこれ以上治療できない事があるのだが、そこで立ち止まっていてはいけない。
患者は完全回復を希望しているし、多くの人はそれが可能である。症状は完全寛解し、機能は完
全回復する、その方法をここで考える。
薬をだんだん増やしていくと、副作用も増えて生活の質が悪くなり、自己効力感も低く自信が持
てないので、症状完全寛解・機能完全回復のゴールからは遠くなる。
精神療法と心理社会的介入がこのギャップを埋め、より良好な機能回復に導くと希望しても悪く
ないだろう。
うつ症状を指標にしていたのでは分からないことで、たとえばSASSなどのQOLを評価するスケー
ルを用いて測定するのも一つの方法である。
機能不全を改善する対策としては、(1)機能改善そのものを目指してトレーニングする方法、「
伸ばす方針」、(2)現在利用可能な残っている機能を適切に組み合わせ、環境も調整し、「いま
できることでやりくりする方針」がある。
22-2 どんな精神療法がよいか?
症状完全寛解と機能不完全回復というギャップを埋めるとして、安易に全ての双極性障害患者に
薬剤療法と精神療法を施行すればよいと考えるのは間違いだろう。精神療法としては最も普通の
もので支持的精神療法か精神分析から派生した流派でよいと考えるのは軽率というに近くあまり
に浅はかである。
精神療法は実証的に研究されることができるし、実際に研究されているが、私が考えるには、双
極性障害についての利益の実証的なエビデンスを伴う研究がもっと強調されるべきだ。
不幸なことに、最もよく見られる流派である支持的精神療法や精神分析志向タイプの精神療法は
実証的支持がほとんどない。
表22.1に双極性障害に施行可能な精神療法について示した。
第8章で単極性うつ病に施行する認知行動療法CBTと対人関係療法IPTについてある程度論じた。
この二つは双極性障害の再燃予防に有効であることが研究で証明されている。その他有効なもの
がリストに載せられている(家族療法と心理教育)。
私の意見では、心理教育は学習が容易であることからも、双極性障害では病識が重要問題である
ことからも、心理教育が広く利用される価値がある。
—–表22.1 双極性障害の精神療法のタイプ——————–
タイプ
実証研究による支持
コメント
支持的精神療法
なし
自我防衛を支持する
基本ケアを与える
特定の理論なし
精神分析志向精神療法
なし
無意識に隠された感情を解釈する
洞察に導く
詳細な理論あり
しばしば過去の対人関係を強調
認知行動療法
あり
気分に対しての否定的認知の影響を和らげる
対処技法で援助
残遺うつ病に有効
対人関係療法
あり
現在の対人関係に焦点をあてる
エピソードの引き金を緩和する
(睡眠習慣是正を含む)
家族療法
あり
表出感情低減
心理教育
あり
病識促進
治療遵守
実存的精神療法
なし
共感的交流

治療同盟最大化

支持的精神療法と精神分析志向精神療法は実証的指示がないが、私はそれらを使うべきではない
と言いたいのではない。
多くの治療者はこうした療法に訓練されているので、これを選択せざるを得ないというのが実態
である。
しかし、私が考えるには、他の選択肢があるなら、支持的精神療法と精神分析志向精神療法以外
を選択したほうがいいと思う。
個人的には、私は自分の患者の多くに、実存的精神療法を施行していることを強調したい。実存
的とは、私の使い方では、患者にとってただ「ここに存在する」という意味である。どの治療に
おいても鍵になる治療要因である共感と治療同盟を実現する。
ロナルド・ピエスが言うように、治療同盟は気分安定薬の働きをしている。精神薬理学者がそこ
に常に存在して、患者が不安定なときにはすぐに予約ができる、短い電話で薬の変更もできる、
これらも治療同盟であり、患者を安定させる。
双極性障害の場合には、気分安定薬剤は荒削りな気分安定を実現し、気分エピソードの重症度や
頻度を減らす。
患者はしばしば残遺の、軽度の気分不安定を呈し、精神療法はきめの細かい気分安定に役立つ。
双極性障害の機能障害の問題は、ある程度は、残遺症状(しばしばうつ病)の問題である。
残遺症状は精神療法的介入により改善される。
機能障害は、ある程度は、ほとんど症状が消えているのに障害がある状態と言えるだろう。
その場合には、気分エピソードの結果として長期間の認知障害があるなどの要素も考えないとい
けない。
また患者は薬剤で症状が治ったあとも病気でいることに慣れてしまっているかもしれない。
うつ病でもなく躁病でもないライフスタイルにするにはどうすればいいのか分からないことも
ある。
これらは充分に訓練された精神療法家が注意深く援助する必要のある問題である。
薬だけで済む問題ではない。
22-3 絶望と慢性症状閾値下うつ病
前に書いたように、我々がベストを尽くして治療しても、多くの患者に軽度から中等度の慢性う
つ病症状が残ってしまう。
それはうつ病が残っているのかもしれない。
しかしまた長年苦しんだことに対しての心理学的反応かもしれない。それが実存的絶望である。
生物学的気分エピソードは薬剤でコントロールできるかもしれないが、多くの患者は治療に取り
組む長い間に多くのものを失う。
その時は実存的精神療法が適切である。
医師と患者の治療同盟がこの場合には実存的治療になる。
本質的に治療同盟は「ミニ気分安定薬」であり、薬物療法で最終的には治っていても、なお重苦
しい気分が人生を支配するとき、その重くはないが本質的な絶望を改善することができる。
薬を増やすことは正解ではない。
私が患者によく言うのは薬剤は大型ハンマーであり、重症急性の時にはよく効くが、軽度うつ病
の時には効かなかったり躁転させたりラピッド・サイクリングにしたりしてしまうということだ

軽度うつ病の時に必要なのは大型ハンマーではなく音叉である。
ときに強力な治療同盟や実存的治療関係、またその他の精神療法は音叉となって、薬剤によって
達成された部分寛解(そして機能障害の継続)を完全寛解(そして完全回復)へと導く。
音叉は楽器を物理的に変化させるわけではないが、標準音波を出して楽器と共鳴して楽器の状態
を知らせる。
物理的な力で変化させるわけではないが、変化のきっかけになり、方針を示すガイドになる。
22-4 他の心理社会的介入
心理療法は精神科医だけでなく、ソーシャルワーカー、心理士、ナースプラクティショナーも行
うことができる。ソーシャルワーカーと心理士は特に心理療法を提供するのに適しているかもし
れない。というのは、精神科医や看護師よりも心理療法に関する正式なトレーニングをより多く
受けていることが多いからである。その他の心理社会的介入もあるが、ソーシャルワークの分野
により近いものが多い。例えば、ハーフウェイハウスなどの住宅支援やデイケアなどである。こ
ういった環境は服薬遵守を高めるだけでなく、機能の改善にも貢献する。職業上のリハビリテ
ーションも重要である。それは病状の回復状況に応じた仕事の条件をこなせるように、患者を再
訓練するプロセスである。職業カウンセリングも、仕事をはじめるための基礎教育に適している
。家族療法も患者を支援するネットワークを評価し最大にするためにとても大切である。
22-5 サポートグループ
気分障害の患者のための心理社会的サポートネットワークとして最も新しいものは、この20年の
間に発展してきた、患者や家族が運営する自助組織であろう。ナショナル・アライアンス・フォ
・ザ・メンタリー・イル(NAMI)やディプレッシブ・アンド・バイポーラー・サポート・ア
ライアンス(DBSA)などがある。医療従事者のように権威のある人物からよりも、同じよう
な状況にある仲間たちから最大の援助を得る場合が多いようである。深刻な病気に対処するに当
たり、家族もこれらのサポートグループに助けられている。これらのサポートグループに定期的
に参加している人たちは、治療に対してより積極的で、経過も良好である。原因と効果のプロセ
スははっきりしないのであるが、仲間関係が豊かな情報源となるのだと思う。
患者がサポートグループの存在を知り、臨床医がサポートグループと協力して気分障害患者の
助けとなることが大切であると私は考えている。長期的に見て、患者と治療者と家族間の連携が
多いほど、経過は良好である。

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