第18章 標準抗うつ薬 v2.0


第18章 標準抗うつ薬 v2.0
18-1 急性双極性障害での有効性と安全性
18-2 双極性障害のうつ病での予防効果
18-3 ラピッド・サイクリング誘発傾向と長期気分不安定化副作用
18-4 どのようにして抗うつ薬服用(または処方)をやめてもらうか?
18-5 双極性障害で抗うつ薬の適切な役割は何か?
18-6 抗うつ薬類似薬剤
—–◎ここがポイント◎—————————-
・双極性障害で抗うつ薬を使いすぎ。
・双極性障害で抗うつ薬を使いたいと思ったときには、もう一度考えて欲しい。
・双極性障害では気分安定薬に比較して抗うつ薬は無効であることが実証されている。とはいえ
、無治療またはプラセボよりはよい。
・標準抗うつ薬は急性躁病を起こすことがある。また、ラピッド・サイクリングを引き起こし
たり、悪化させることがある。また気分安定薬として作用して、気分安定薬の利益を打ち消して
しまうことがある。
・抗うつ薬は気分不安定化薬として働くので、抗うつ薬があると気分安定薬が無効になる。治療
抵抗性双極性障害の場合には抗うつ薬を抜いて、気分安定薬の効果を再度試してみるべきである

・双極性障害で抗うつ薬を使うべき場面は限られていて、重度、自殺、急性である。
・双極Ⅰ型ラピッド・サイクリングでは抗うつ薬が最も危険。双極Ⅱ型非ラピッド・サイクリン
グでは危険が少ない。
・躁病誘発の危険は量依存的なので、双極性障害の場合には単極性うつ病よりも抗うつ薬は少

なく、ゆっくり。

双極性障害のときの抗うつ薬使用について4つの疑問を解決しよう。
(1)急性双極性障害で有効か?
(2)長期治療で予防効果はあるか?
(3)急性躁病を誘発するか?
(4)ラピッド・サイクリングを誘発するか?気分エピソードの回数が増えるか?
18-1 急性双極性障害での有効性と安全性
「急性双極性障害」は2週間以上現在も続くうつ病性気分エピソードと定義されている。
治療のトライアルは通常8週間である。
メタ解析によれば、4つの研究で抗うつ薬とブラセボを比較していて(ひとつはオランザピン)、抗
うつ薬には中等度利益があると結論している。
しかし、最も大規模な2つの研究ではリチウムまたは他の標準気分安定薬(すなわち、バルプロ酸ま
たはカルバマゼピン)を基本薬剤として使っていた。
これらの研究では(最大のものはSTEP-BDから引き出されたもの)、実証された気分安定薬に上乗
せで抗うつ薬を使用した場合、気分安定薬単独(プラセボとともに使うときもあり)よりも有効であ
った。
試験された抗うつ薬はパロキセチン、イミプラミン、ブプロピオン(表18.1に要約)。
—–表18.1 双極性障害における抗うつ薬の急性期効果の研究要約————————–
三環系抗うつ薬:躁転が多い。リチウムよりも有効のエビデンスはない。
MAOIs:三環系抗うつ薬よりも有効、しかし躁転多い
双極Ⅱ型ではmoclobemideが三環系抗うつ薬よりも躁転率が低い
selegilineパッチは安全だが有効性はやや弱い。
SRIs:分類としては双極Ⅱ型で躁転少ない。
しかし双極Ⅰ型ではそれぞれ。
フルオキセチン:あまり信頼の置けない研究で、三環系抗うつ薬またはリチウムに比較して双極Ⅰ
型で有効性も安全性も証明されていない。
双極Ⅱ型ではより安全、しかし単極性うつ病ではより危険。
パロキセチン:支持的データが最も多い。
三環系抗うつ薬よりも躁転少ない。
気分安定薬に上乗せでプラセボと同じ有効性。
セルトラリン:ベンラファキシンよりも躁転少なく、同等の効果。
ブプロピオンと躁転同じ程度。
シタロプラム:オープン、非コントロールドデータで躁転率低い(6%)。
フルオキセチン:データなし。
ブプロピオン:三環系抗うつ薬またはベンラファキシンよりも躁転少ない。
たぶん量依存的。
気分安定薬に上乗せしてプラセボと同じ有効性。
トラゾドン:研究なし。双極性障害の不眠には使わないこと。
ベンラファキシン:ブプロピオンまたはセルトラリンよりも2.5倍の躁転。
ミルタザピン:研究なし。
セレギリン:たぶん躁病を起こしにくい。

Pramipexole:双極性障害で有効性が証明され、躁転少ない。

以前考えられていたのとは違うことをこれらのデータは明らかにしている。
いくつもの研究で、急性双極性障害においては、抗うつ薬は無治療よりは望ましいが、気分安定
薬のほうがいい(特にリチウムがいい)。
現在は双極性障害には気分安定薬を使うのだから、急性大うつ病エピソードがあるときも、抗う
つ薬は無効だと思う。
ここでたいていの医師は経験に反すると意見を言うだろう。
彼らの経験が間違っているか、あるいは、抗うつ薬は気分安定薬に上乗せされた場合には利益が
あるか、どちらかだろう。しかし無作為化試験では、上乗せの利益はないと出ている。
—–キーポイント————————————–
急性双極性障害で、抗うつ薬は何もしないよりはいいが、もちろん、気分安定薬の方がいい。た

とえばリチウム。

有効性のエビデンスは極めて限られているとしても、リスクのエビデンスはどうだろうかと気に
なるだろう。
もちろん、問題は抗うつ薬誘発性躁病である。
同じメタ解析で以前は抗うつ薬誘発性躁病のエビデンスはないと示されていた。
しかしどのメタ解析でも起こる間違いが起きている。
もしリンゴをオレンジと比較するようなもので、混ぜてはいけないデータを混ぜている。
実際、たくさんの研究が三環系抗うつ薬TCAsは躁病を誘発すると結論していて、それはこのメタ
解析でも同じ結論なのだが、最近のSTEP-BD&スタンレー財団の無作為化試験では、パロキセ
チン、ブプロピオン、セルトラリンでブラセボより高いリスクは認められなかった。
新しい研究では、標準気分安定薬で治療しているとき、抗うつ薬とプラセボで、急性躁病誘発に
差はなかったが、気分安定薬は躁転を防ぐと結論されている。
多くの研究も同じ結論である。
一方、無作為化試験はこの問題を考えるのには適切とは言えない。
副作用の問題は臨床試験ではなく現実の世界での非無作為化群について評価するのがベストだと
思う。(たとえば、SRIでの性機能障害では初期の無作為化試験では問題にされなかったが、現実
の世界で確かにあると認定された。)
この研究についての私の要約は次のようになる。
急性躁病誘発の点では三環系抗うつ薬は最も危険である。
MAOIsも同様に危険である。
SRIsの中ではフルオキセチンは三環系抗うつ薬と同程度の危険があり、双極Ⅰ型で急性躁病を誘
発する。
しかしパロキセチンは危険が少ない。
ブプロピオンとセルトラリンでは三環系抗うつ薬よりも危険が少ない。
ベンラファキシンではブプロピオンとセルトラリンに比較して2.5倍危険である。
他の薬剤については、双極Ⅰ型について厳格に試験されていない。
いくつかのデータでは、シタロプラムでは比較的危険が低い。
双極Ⅰ型よりも双極Ⅱ型で危険が低いが、それでも単極性うつ病よりは高い。
急性躁病誘発の割合は、三環系抗うつ薬で約50%、双極Ⅰ型の場合SRIsや他の新規抗うつ薬で
約20%、双極Ⅱ型の場合SRUsや他の新規抗うつ薬で約5-10%である。
単極性うつ病では、FDAの大規模臨床試験で新規抗うつ薬使用して1%以下と出ている。
また一方で使用量とリスクの関係がある。大量に使うと躁転が起こりやすい。
私の経験では、単極性うつ病に比較して双極性障害では抗うつ薬は半分だけ使う。
—–ヒント—————————————————–

双極性障害では単極性うつ病の半分だけ抗うつ薬を使う。これで躁転に備える。

これで有効性としては充分であり、躁転の危険がすっと少なくなる。
たとえば、ブプロピオンをかなりの期間少量のみ使う。
多くの患者は100-200㎎/日で反応するので、300以上使うことはめったにない。
パロキセチンとシタロプラムでも同様で、30㎎/日以上が必要な事はまれで、使用する場合には、
躁転の危険を認識して使用する。
18-2 双極性障害のうつ病での予防効果
この本の初版では三環系抗うつ薬文献を引用して、繰り返し三環系抗うつ薬が無効であることを
示した。双極性障害においてはうつ病エピソードの長期予防についてリチウムと比較して三環系
抗うつ薬は無効である。
しかし医師と患者はSRIsと新規抗うつ薬では違うことを強く希望しているようだ。
多く引用されるスタンレー財団双極ネットワーク(SFBN)では、新規抗うつ薬に反応して継続して
いる患者は、最初の急性大うつ病エピソードから回復してのち、抗うつ薬を中止した患者に比較
すると、1年での再燃率は低いことが示されている。
この結論はSFBNサンプル患者の15%だけに言えることをもっと強調してよいと思う。
つまり、双極性うつ病エピソードに対して抗うつ薬を投与した患者の中で15%だけが急速に反
応し、1年間安定を維持できた。
他の要因としては、この研究は無作為化ではないこと、従って因果関係の認定は難しいことがあ
げられる。
抗うつ薬を継続したから安定しているのか、安定しているから抗うつ薬を継続していたのかはっ
きりしない。
有り難いことに、この第2版では、新しい2つの無作為化試験を引用して、双極性障害うつ病エ
ピソードに対する新規抗うつ薬の長期予防効果について論じることができる。
第一の研究では、スタンレー・ネットワークによれば、ブプロピオン、セルトラリンおよびベン
ラファキシン(標準気分安定薬に上乗せして使う)は、1年で約25%の患者のみに、うつ病予防に関
して各薬剤同様に有効だった(ベンラファキシンでは躁転が多い)。
プラセボ群はないので、1年の寛解率が気分安定薬のみで抗うつ薬を使わないものよりもよいのか
どうか分からない。
双極性障害に対しての新規抗うつ薬のプラセボ対照維持試験が待たれる。
第二の研究では、STEP-BDプログラムの一員である我々のグループによるのだが、スタンレー
・ネットワークの所見が再び得られている。ただし今回は無作為化はできていない。
急性双極性うつ病エピソードにおいて、気分安定薬に新規抗うつ薬を加え(たいていはSRIs)、初期
に改善した患者に対して、抗うつ薬が無作為に継続または中止された。
我々はうつ病症状に対しては抗うつ薬を継続する付加的な利益がないと結論した。
このように、急性双極性うつ病についてと同様に、抗うつ薬は気分安定薬に比較して長期的には
無効であることが明確にエビデンスとして示された。【ling→long】
SRIsや新規抗うつ薬を含めて、抗うつ薬は、将来のうつ病の予防に関して、気分安定薬ほど有効
ではないことが証明されている。
しかし、おそらく15-25%の患者の下位群があって、抗うつ薬による長期利益があるようである(プ
ラセボ効果かどうかは分からない)。
従って、私は全員に抗うつ薬治療をするなと言うのではない。
大多数の患者(80%くらい)では双極性障害においては抗うつ薬の長期効果はないので使わない方が
よいというのがここでの主張である。
18-3 ラピッド・サイクリング誘発傾向と長期気分不安定化副作用
標準抗うつ薬では双極性障害の長期経過を悪化させるというエビデンスがいくらかある。
これには2種類あって、ラピッド・サイクリング誘発と治療抵抗性増大である。
ラピッド・サイクリング誘発はますます多数の気分エピソードを経験すると言っても同じである

1年に4回これらのエピソードを起こすようになるとラピッド・サイクリングの定義に当てはまる

多くの自然観察研究でこのことが観察されていて、新規と悪化と含めて25%程度である。
抗うつ薬で長期治療されている人の1/4が次第にエピソードを繰り返すようになり、ラピッド・サ
イクリングの診断を満たし、あるいはラピッド・サイクリングの人はさらに急速にエピソードを
繰り返すようになる。
2種類の結果を強調していいと思う。
第一群では、抗うつ薬はうつ病症状の重症度を緩和するようで、しばしば自殺傾向を低くするが
、さほど重症でない場合には、躁病とうつ病のサイクルの回数を増やしてしまう。
このタイプの結果は、私の経験では、双極Ⅰ型に持続して抗うつ薬を投与した場合の最も典型的
なものである。
患者は正常気分の周辺を往復し、決して完全にはよくならず、しかし抗うつ薬を使わずに重症エ
ピソードを繰り返すよりはよい。
第二の群は、抗うつ薬を使うと、さらに頻回に、さらに重症になる。抗うつ薬を中止すると顕著
な症状緩和とときには完全寛解が見られる。
この第二群は臨床ではよく見かけるし、特にコンサルトで多い。
第二群は多いのだが、双極性障害で抗うつ薬を使用すると治療抵抗性増大を招く。
この副作用は直前のパラグラフの最後で私が述べたことと類似である。
通常は抗うつ薬誘発性の重症ラピッド・サイクリングに関係しているのだが、患者は治療抵抗性
になる。
リチウムのような標準気分安定薬または抗てんかん薬でラピッド・サイクリングに有効と報告さ
れている薬剤に反応しなくなる。
気分安定薬との併用が無効である。
これらの患者では、しばしば抗うつ薬は気分不安定化薬として効いているように見え、気分安定
薬の利益を損なっている。
気分不安定化薬という用語は抗うつ薬の本質的に反治療的な効果を表現している。
抗うつ薬中断は気分安定薬の利益を評価するために必要な準備である。
前に書いたように、40%に至る患者で抗うつ薬を中止すると寛解が得られる。
治療抵抗性双極性うつ病で私が最初に打つ最も有効な手段は、何か薬剤を加えるのではなく、抗
うつ薬を中止することである。
薬剤歴で大量の抗うつ薬と最小限の気分安定薬をよく見かけるのだが、その場合は患者は気分安
定薬では治療抵抗性と判定されていることになる。
たとえば、10年間にわたり、どの抗うつ薬も中断されることなく続けたままで、何かの抗うつ薬
を追加したとして、しかもその間、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンのトライアルを短く
ても数ヶ月行っていたとする。
その患者は気分安定薬に反応しなった、そして非反応タイプと判定された。
この場合、私なら、抗うつ薬を抜かない限りは気分安定薬の効果が邪魔されているのだから、気
分安定薬の効果を判定したことにはならないと考える。
一つの意見は抗うつ薬を中止して、気分安定薬をトライしてみることだ。
(ノート)
私が双極性障害に対して抗うつ薬を使用することに注意を喚起していることについては、研究者
や医師で反対の人もいるということは認識しておきたいと思う。
この本では私の主張を強く言うべきではないし、それについてはこの本の最後にあげているブッ
クリストに私の書いたものも載せてある。
しかし私が読者に是非知ってもらいたいのは、他の考え方もあるということだ。
私はここで強調したいのだが、私は大うつ病の治療が完全でなくてもいいと言っているのでもな
いし、大うつ病の治療をしなくてもいいと言っているのでもない。あるいは自殺のことを考慮し
なくていいと言っているのでもない。
双極性障害で抗うつ薬を「決して」使うなと言っているのではない。
ただ、漫然と抗うつ薬を使うのは考え直して欲しいと言っているだけである。
私は一部双極性障害患者に抗うつ薬を使うのには賛成だ。そして大多数の双極性障害患者には使
わない。しかしこれは、抗うつ薬を全然使わないと言うことでは決してない。
18-4 どのようにして抗うつ薬服用(または処方)をやめてもらうか?
患者は抗うつ薬が大好きだ。
これはある程度言葉の魔法にかかっているのだろう。うつ病のときには薬を飲んだ方がいいと信
じている。
私の経験では、患者に抗うつ薬をやめるように説得するのはかなりの教育が必要である。
ときにこの教育は別方向に行ってしまう。
というのは、患者は医師を説得して抗うつ薬処方をやめてもらう必要があるのだ。
我々医師が服薬遵守不良と呼ぶものはしばしば抗うつ薬が自分には効かないと正しく認識してい
る知的な反応である。
この項目では私は医師に双極性障害に対して抗うつ薬使用を制限するよう説得している。
読者は納得してくれるものだと思っているし、表18.2を使って医師や家族が、患者を説得して、抗
うつ薬なしの治療に積極的に関わろうとするように、その気のない患者に働きかけて欲しいと
思う。
基本的なメッセージは、抗うつ薬は無効だと証明されていて、さらに抗うつ薬はかえって双極性
障害を悪化させると、患者に教えて欲しいということだ。
もしこの記述が患者の病歴と一致しているなら、抗うつ薬を使わない、気分安定薬を使う新しい
アプローチが可能である。
気分安定薬はゆっくりしか効かないが、多くの人にとって、回復の唯一の道である。
—–表18.2 気分安定薬に関して患者を教育するヒント——-
1.双極性障害に対して気分安定薬は相対的効果があるし、抗うつ薬は重大なリスクがあることに関
してはエビデンスがあるので安心して説得して欲しい。あなたが確信していないと患者はそれを
感じて、気分安定薬を服用しないかもしれない。
2.効果に焦点を当てる。
気分安定薬は急性うつ病症状にも効くし、将来の症状を予防もする。
一方、抗うつ薬は急性期に効くだけである。
抗うつ薬はバンドエイドとほとんど同じで一時的なもの、気分安定薬は長期に必要なものである

3.双極性うつ病では、MAOIs以外の抗うつ剤はどれも、リチウム以上の効果は証明されていないこ
とを説明する。
4.抗うつ薬の長期間リスクに焦点を当てる。抗うつ薬は双極性障害を予防するとは証明されてい
ない。
リチウムやラモトリギンのような気分安定薬は予防効果が証明されている。
少なくとも1/4の患者は抗うつ薬を長期に飲んで何回も悪化を経験している。
5.抗うつ薬は自殺を減らさないし長期の死亡率を改善しないことを説明。リチウムは自殺も長期死
亡率も改善することが証明されている。
6.副作用に注目。気分安定薬(たとえばガパペンチン、トピラメート、オキシカルバゼピン)は標準
抗うつ薬よりも副作用が少ないか同等である。患者ごとの双極性障害の重症度によるが、これら
の気分安定薬が考慮されてよいだろう。
他の、もっと明確に効果が証明された気分安定薬は、いくらかリスクがある。しかし、これらの
リスクはモニターすることができるし、いろいろな方法で軽減できる(たとえばラモトリギン、リ
チウム、バルプロ酸)。
7.患者に気分安定薬は何をするものか尋ねてみよう。そのあとであなたの定義を説明しよう。気分
安定薬は抗うつ病効果もあり抗躁病効果もあり気分を中間に安定させるので、「抗うつ薬に少し
効き目を加えたもの」という見方をすれば安心できるのではないか。一方、抗うつ薬は「単に」
抗うつ薬であって、躁病やラピッド・サイクリングという重大なリスクがある。
8.もし患者が説得不可能で特定の抗うつ薬を入手することにこだわっているようならば(よくある
ことだが)、患者に、医師と患者が相談して合意した治療を今進めているのだと思い出して欲しい

患者は医師の勧めを受け入れる必要はないし、医師は患者の望みに全部従う必要はない。
たとえば、患者が双極Ⅰ型で抗うつ薬単剤療法にこだわって気分安定薬を拒否するならば、医師
はその患者の言うとおりの治療する必要はないし、たぶんしてはいけないと思う(少なくとも薬理
学的には)。
私の経験ではそのようなことはまれである。

多くの患者はある程度妥協してくれるし、医師もまたある程度で妥協すべきだろう。

ーーーーー【解説】
いやはや困ったものだ
ーーーーー
18-5 双極性障害で抗うつ薬の適切な役割は何か?
この問題に関しては単純な答えはないし同意もないが、私の個人的な見解を表18.3に要約した。
急性双極うつ病の多くの場合、抗うつ薬は不要である。
現在は気分安定薬を使っていないとしても、使うべきなのである。
どれか一種類の気分安定薬は長期治療に必要であるし、急性抗うつ薬効果としても充分である。
もし患者が現在気分安定薬を服用していてうつ病が再燃したら、もうひとつ気分安定薬を上乗せ
してよい。その患者には予防効果が足りなかったのだから。
しかし複数の気分安定薬で副作用が増えるかもしれない。
その場合は、どれか1つを減量するか、あるいはひょっとしたら、抗うつ薬をひとつ上乗せするだ
ろう。
また、重度の自殺念慮を伴う非常に重症のうつ病の場合、可能な限り即効性のある抗うつ薬治療
が第一に必要であり、治療の開始時点から気分安定薬に抗うつ薬を上乗せすることが正当だろう

抗うつ薬に反応した患者の場合、減薬が必要になる。
うつ病再燃の場合は、抗うつ薬をなくすと同時に、別の気分安定薬を上乗せすべきである。
抗うつ薬中止が明らかにうつ病再燃を招いているとしたら、抗うつ薬による長期治療が必要で
ある。
私の経験ではこうした患者はせいぜい20%だろう。
他の80%では、うつ病症状を含む双極性障害は抗うつ薬は最小またはゼロで治療できる。
—–表18.3 双極性障害における抗うつ薬の適切な役割——–
1.重症双極性障害
2.純粋双極性うつ病に伴う重度の自殺傾向
3.適切な気分安定薬使用にもかかわらず急性双極性うつ病再燃の場合

4.急性双極性うつ病で複数の気分安定薬に不耐の場合

どの患者に抗うつ薬を投与すべきかに関しては、別の考え方もあり、Terrence Ketter が示した
のは、表18.4のように、双極性障害のサブタイプとラピッド・サイクリングの有無で評価するもの
である。
この概略のルールは、エビデンスに基づき、限界はあるがわかりやすく、抗うつ薬は双極Ⅰ型で
双極Ⅱ型よりも危険であり、ラピッド・サイクリングで非ラピッド・サイクリングよりも危険で
ある。もし患者が双極Ⅰ型でラピッド・サイクリングならば抗うつ薬は回避したほうがよい。
もし双極Ⅰ型で非ラピッド・サイクリングであるか、または、双極Ⅱ型でラピッド・サイクリン
グであれば、前述のように、必要に応じて使う。
もし双極Ⅱ型で非ラピッド・サイクリングならば、抗うつ薬使用はリスクが低い。
もちろん、この概略のルールは絶対的ではなく、ときには双極Ⅰ型のラピッド・サイクリングで
抗うつ薬長期投与が必要であるし、双極Ⅱ型の非ラピッド・サイクリングで結果が思わしくない
場合もある。
—–表18.4 抗うつ薬使用のための診断と経過の評価基準——–
双極Ⅰ型 双極Ⅱ型
ラピッド・サイクリング 回避 注意して使用

非ラピッド・サイクリング 注意して使用 使用

18-6 抗うつ薬類似薬剤
標準抗うつ薬にはリスクがあるので、臨床的に私が考えて有益だと思う他の向精神的薬剤があり
、それは抗うつ病効果を持ち、しかも軽度有効で、したがって躁転を起こしにくく、また長期気
分不安定化を起こしにくい。
また、私の経験では、双極性障害で急性うつ病から気分を上げることはあまり難しくはないが(例
外はある)、難しいのは、躁転もなく、ラピッド・サイクリングにもせず、気分を上げることで
ある。
したがって、「抗うつ薬類似」薬剤は満開の標準抗うつ薬よりもよりも有用な場合がある。
抗うつ薬類似とは何かというと、気分を優しく軽度に上げて、したがって躁転を起こさないもの
である。
私の経験では、そして自然経過観察的で非コントロールド研究からも、こうした種類の薬剤の中
で最も有用なのは、軽度ドパミン作動的薬剤であり、いくらか利益のエビデンスがあるのは、セ
レギリンとプラミペクソール、そしてその他薬剤である(たとえばロピニロール)。
セレギリン(デプレニール)は選択的MAOIであり、少量で主にMAO-Bを阻害し(主にドパミン代謝に
関与する)、MAO-Aは阻害しない(こちらは主にセロトニンとノルエピネフリンの代謝に関与する)

MAO-A作用がMAOIsの関係する重篤なリスクのほとんど(特にチラミン関係の高血圧発作)を引き起
こすので、セレギリンを少量(5-10㎎/日)使っている限りMAO-Aには関係ないので、食事制限もい
らないし、薬剤相互作用もほとんどリスクとならない。
この程度の少量のセレギリンではFDAの適応はパーキンソン病でレボドーパの上乗せ使用である

しかしセレギリンはこの少量では一部の人に軽度から中等度の抗うつ病効果を発揮する。
私の経験では、この効果は双極性障害で極めて有益である。
大量(20-30㎎/日)を用いるとセレギリンもMAO-Aをブロックするので、別のMAOIとして作用する

食事制限も必要で重篤な薬剤相互作用もある(しかしまだおそらくいく分か、他のMAOIsよりは2つ
の問題のリスクは低い)。
セレギリンは皮膚パッチとして使用可能で、それは消化管をバイパスして血中に入るので、高血
圧反応のリスクを最小化することができる。
パラミペクソール(ミラペックス)は選択的D3ドパミンレセプターアゴニストであり、これもま
たFDAによって、バーキンソン病治療のレボドーパ上乗せ剤として適応が指定されている。
D3レセプターは脳の辺縁系に局在する傾向にあり、気分作用を及ぼす。
ひとつの二重盲検研究で、急性単極性うつ病において、プラミペクソールはプラセボより有効で
、フルオキセチンと同等に有効であった。
ふたつの小規模な二重盲検試験で、プラミペクソールは急性双極性うつ病治療で標準気分安定薬
に上乗せして、躁転を起こさずに、プラセボよりも有効であった。
(これは双極性うつ病において我々が標準抗うつ薬またはラモトリギン!に関して持っているエビ
デンスよりも有効なエビデンスである。)
自然観察データで示されているのだが、すべての躁うつ剤と同様に、プラミペクソールは躁転を
起こすが、しかしまた、このリスクは量に関係しており、全般に低い。うつ病に対しての典型的
な量は0.5-2.0㎎/日一日二回であり、それはFDAがパーキンソン病で適応とした量よりもずっと低
い(パーキンソンの量はしばしば二倍以上である)。
大量使用すると、睡眠発作のケースが見られる。
他には、ペラミペクソールは安全で認容性も優れている。
ときに患者はいく分か不安を感じ、過剰刺激されると感じ、それはそのドパミン作動性メカニズ
ムから期待できるものである。
ロピノロール(レクイップ)は同じ類群で、同様の効果を持つ。しかし双極性うつ病に関して厳格に
試験されたことはない。

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