第17章 非定型抗精神病薬 v2.0

第17章 非定型抗精神病薬 v2.0
第17章 非定型抗精神病薬 v2.0
17-1 作用メカニズム
17-2 伝統的および非定型抗精神病薬の分類
17-3 気分障害での伝統的抗精神病薬の使用
17-4 双極性障害における非定型抗精神病薬の効果
17-5 急性躁病
17-6 双極性障害予防
17-7 急性双極性うつ病
17-8 非定型抗精神病薬の副作用
17-8-1 遅発性ジスキネジア(TD)
17-8-2 錐体外路症状
17-8-3 アカシジア:最も重要な錐体外路症状
17-8-4 非定型抗精神病薬の錐体外路症状リスクの違い
17-8-5 非定型抗精神病薬誘発性の躁病
17-8-6 その他の薬理学:量とラボテスト
—–◎ここがポイント◎——————————–
・非定型抗精神病薬は気分安定薬ではない。
・非定型抗精神病薬はすべて抗躁病薬として有効である。
・抗精神病薬は上乗せで使って長期予防効果がある。しかし双極性障害に対する単剤治療では長
期予防効果はほとんどない(すなわち、非定型抗精神病薬は気分安定薬ではない)。
・非定型抗精神病薬は(ゾニサミドとアリピプラゾールは除く)は伝統的抗精神病薬よりも体重増加
リスクが高い。
・副作用の違いを挙げると、クロザピンでてんかん発作、無顆粒球症。リスペリドンでプロラク
チン上昇。クロザピンとオランザピンでコレステロールと脂質の上昇、糖尿病。ジプラシドンで
心電図QT延長。

・気分障害では、非定型抗精神病薬は一般に、シゾフレニーの際の半分の量でよい。

この本の第一版が出てから、NIMHがスポンサーしたCATIE研究が出版された(抗精神病薬の臨床効
果についての統計:Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness)。
単極性障害や双極性障害に対してのSTAR-DやSTEP-BDと同様に、CATIEはシゾフレニー治療に
ついて重要なデータを与えている。
この本では抗精神病薬の副作用についての情報を参考にする。
17-1 作用メカニズム
伝統的抗精神病薬はD2ブロックが90%以上であることが必要なのだが、非定型抗精神病薬の場
合は、D2ブロックは80%以下でも抗精神病作用を発揮する(40-60%が多い)。
さらに、すべての非定型抗精神病薬はセロトニン-2(5HT-2)レセプターのほとんどすべて(90%以上)
をブロックする。
第三に、非定型抗精神病薬はドパミンレセプターをより選択的にブロックし、その場所は黒質線
条体領域(錐体外路副作用を呈する)よりも辺縁系のドパミン系(気分や思考を補助する)である。
17-2 伝統的および非定型抗精神病薬の分類
伝統的抗精神病薬の一般的な分類は、D2ブロックの能力に応じて高、中、低とするものである(
表17.1)。
同じように非定型抗精神病薬を、D2プロックと5HT-2ブロックの能力に応じて分類すれば有用だ
と思う。
ここでクロザピンとクエチアピンを低と分類したのは、大量に投与しても、5HT-2について90%以
上のブロックはないし(40-80%よりも上の程度)、D2ドパミンレセプターブロックに関しては60%
に達しないからである。
さらに、それぞれに対応する伝統的抗精神病薬と同じく、非定型抗精神病薬はいくつもの他のレ
セプターシステムをブロックする。
抗コリン、抗ヒスタミン、抗アドレナリン作用などがある。
オランザピンは中と分類したが、どの量でも5HT-2の90%以上をブロックし、量に比例してD2
ブロックをし、20㎎/日使用で80%以上のブロックに達する。
そして抗コリン、抗ヒスタミン、抗アドレナリン作用を呈する。
リスペリドン、ジプラシドン、アリピプラゾールは高と分類したが、セロトニンレセプター
の90%以上をブロックし、量に比例してD2レセプターをブロックし、大量使用では80-90%を超
える。
伝統的抗精神病薬と同様に、非定型抗精神病薬のそれぞれの力価に応じて副作用を呈する。
低力価非定型抗精神病薬はパーキンソン様の錐体外路症状(EPSs)が少ない。抗コリン作用は強く
、体重増加も強い。
高力価非定型抗精神病薬ではパーキンソン様副作用が多く、体重増加は少ない。
中力価非定型抗精神病薬ではどの項目も中間である。
しかし非定型抗精神病薬では、セロトニンブロックの付加的影響が原因となり、体重増加しやす
くなるなど、他に幾らかの違いが生じる。
体重増加についてはセロトニンとヒスタミンが複雑に影響するので、オランザピンではクエチア
ピンよりも体重増加しやすい。
伝統的抗精神病薬と同様に、遅発性ジスキネジア(TD)とアカシジアが発生するが、力価ごとに大
きな違いはないようである。
—–表17.1 伝統的抗精神病薬と非定型抗精神病薬の力価による分類—–
伝統的抗精神病薬・低力価
クロルプロマジン(Thorazine、コントミン、ウィンタミン)
チオリダジン(メレリル)
D2能力は弱い
錐体外路症状は少ない
多種類レセプターをブロック
伝統的抗精神病薬・中力価
ペルフェナジン(Trilaphon、ピーゼットシー)
トリフルオペラジン(Stelazine)
すべての面で中間
伝統的抗精神病薬・高力価
ハロペリドール(Haldol、セレネース)
フルフェナジン(Prolixin、フルメジン)
D2能力高い
錐体外路症状出やすい
他のレセプターブロックは少ない
非定型抗精神病薬・低力価
クロザピン(クロザリル)
クエチアピン(セロクエル)
D2能力は弱い
5HT-2能力は弱い
錐体外路症状は少ない
多種類レセプターをブロック
体重増加多い
非定型抗精神病薬・中力価
オランザピン(ジプレキサ)
体重増以外は中間性質
非定型抗精神病薬・高力価
リスペリドン(リスパダール)
ジプラシドン(Geodon)
アリピプラゾール(エビリファイ)
量比例D2能力
錐体外路症状多い
他のレセプターブロックは少ない
体重増加少ない
アカシジアとTD(遅発性ジスキネジア)はどの分類でも大差なし
オランザピンはクエチアピンよりも体重増加しやすい。それはオランザピンがセロトニンブロッ
ク能力が高いことと関係しているだろう。

(ヒスタミンブロックは両者ともあり)

17-3 気分障害での伝統的抗精神病薬の使用
伝統的抗精神病薬は気分障害、中でも主に双極性障害の治療にこれまで使われ、現在も広く使わ
れている。
しかし、2つの二重盲検試験で示されたところによると、リチウムに上乗せされた伝統的抗精神病
薬は、リチウム単独と比較して、双極性障害の躁病の予防に無効である。
実際、抗精神病薬の使用は長期に続くうつ病を単に悪化させるだけのようである。
急性躁病の治療以外では、躁病の長期予防のエビデンスもないし、双極性障害の場合にはうつ病
を悪化させるようである。
双極性障害での効果のエビデンスに乏しいことに加えて、伝統的抗精神病薬使用の安全性につい
て問題がある。
多くの研究が示しているように、双極性障害患者に伝統的抗精神病薬を使用した場合、シゾフ
レニーを伝統的抗精神病薬で治療した場合に比較して、錐体外路症状や遅発性ジスキネジアが起
こりやすい。
双極性障害の場合には伝統的抗精神病薬を回避するか、一時的にのみ使用するかにすべきだと一
般に同意されている。
しかし最近まで、急性躁病を伝統的抗精神病薬によって治療された入院患者は、急性躁病エピソ
ードが終わっても、伝統的抗精神病薬を中止せずそのまま投与されていた。
17-4 双極性障害における非定型抗精神病薬の効果
伝統的抗精神病薬の欠点を考えると、非定型抗精神病薬が感情障害治療の選択肢として好まれる

これは生化学的理由からも正しい。
メカニズムから言うと、ドパミンブロック効果が抗躁病効果を生んでいる。
伝統的抗精神病薬はもっぱらドパミンブロック効果を持っているのだから、躁病から気分をダウ
ンさせる。しかし躁病が終わっても気分低下作用は続いてしまい、多くの人はうつ病になってし
まう。
セロトニン-2ブロック薬はいくらか抗うつ病効果があり、それは5HT-1レセプターの神経伝達物質
の増加によるものである。5HT-1系は抗うつ病効果を媒介すると考えられているセロトニンレセ
プターシステムである。
しかし5HT-2ブロック薬はそれ自身は抗うつ病効果は弱いようだ。
標準抗うつ薬にはこの5HT-2ブロック効果があり、さらに他の効果もある(たとえば、ネファゾド
ンでセロトニン再取り込みブロック、あるいは、ミトラザピンでα-2アドレナリンブロック)。
非定型抗精神病薬はそれぞれ、ドパミン系以外の効果の点で異なっており、そのせいで、抗うつ
病効果の違いが生じる。
5HT-2ブロック効果に加えて、リスペリドンは強力なα-2ブロッカーである(それはネガティブ
・フィードバックループをブロックする。そして結果として、セロトニン系とノルアドレナリン
系の伝達物質を増やす)。
オランザピンは前頭葉のセロトニン神経伝達を優先的に増大させる。そのことが抗うつ病効果を
生む。
ジプラシドンは三環系抗うつ薬と似て、試験管内でかなり強力なセロトニン再取り込み阻害薬で
ある。
これらの幾種類かの抗ドパミン効果の組み合わせで、非定型抗精神病薬はうつ病に至ることなく
抗躁病効果を発揮する(それは双極性障害で最も明白な臨床効果として観察される)。
さらに、この生化学的特徴は、この薬群の気分安定薬の性質を説明する。
17-5 急性躁病
結果として、たくさんの二重盲検試験がオランザピンとリスペリドンはに関して急性躁病を対象
にして行われた。
一つの二重盲検試験はクロザピン、クエチアピン、ジプラシドンについて行われた。
これらすべての研究で、これら薬剤は急性躁病治療において有効であることが示された。そこで
非定型抗精神病薬全体が明白に抗躁病薬として有効であるように思えた。
最初の無作為化臨床試験では、リスペリドンとオランザピンは、急性躁病においてハロペリドー
ルよりも錐体外路症状が少なかった。
この所見は驚きではなく、大切なのはすべての以前の比較はシゾフレニーで行われたのに、双極
性障害患者ではより敏感に錐体外路症状を呈すると分かったことだ。
しかしCAITE試験では、非定型抗精神病薬とペルフェナジン(Trilafon)で錐体外路症状にはほとん
ど差がなかった。
しかし少量のペルフェナジンが使われているものの、ペルフェナジンよりもクエチアピンでアカ
シジア発生割合が少ないようだった。
——-キーポイント—————————————-
これらの研究の多くで鍵となる知見は、非定型抗精神病薬では、うつ病を悪化させることなく、
急性躁病の治療ができることである。 つまり、急性躁病の治療のあとで急性うつ病の治療にスイ
ッチする必要がない。 ここが伝統的抗精神病薬と違うところで、伝統的抗精神病薬はうつ病誘因

効果がある。

17-6 双極性障害予防
7章で述べたように、私は非定型抗精神病薬を気分安定薬とは見なしていない。 これは非定型抗精
神病薬の予防効果が維持研究で実証されていないからである。
7章でその理由も述べた通り、双極性障害の維持療法に関して、オランザピンとアリピプラゾー
ルは、FDAでは有効であると認めて適応を許可しているが、私は無効であると考えている。
—–キーポイント——————————————–
オランザピンとアリピプラゾールを含む抗精神病薬は、気分安定薬ではないので、リチウムのよ
うな効果の証明された気分安定薬の代わりに、双極性障害の長期治療にそれ単独で用いてはいけ

ないと考えている。

私の見解では、これらの薬剤は、双極性障害の長期治療に単剤で用いてはいけない。
リチウムのような実証された気分安定薬の代わりに使うと考えてはいけない。
しかし、いくらか役立つのは、実証された気分安定薬に上乗せして使う場合である。
長期利益に関しての無作為化エビデンスはあまり強くないので、気分安定薬のみでは安定しない
ときだけ、非定型抗精神病薬を上乗せで使うのがよい。
17-7 急性双極性うつ病
12章で治療抵抗性単極性うつ病に対しての非定型抗精神病薬の使用を述べた。
急性双極性うつ病では、オランザピンが、プラセボよりもわずかに優位であると示されているの
みである。
しかし、FDAの適応では、急性双極性うつ病に対してオランザピンとフルオキセチンを併用する
ことになっている。
また、クエチアピン単独に関しての2つの大規模研究で、急性双極性うつ病でクエチアピンはプラ
セボよりもかなり有効と結論されており、それもFDAの適応になっている。
心に留めておくべきは、これらの適応指定は平均8週間の短期治療に関してのみの結論であるこ
とだ。
これら薬剤を双極性障害の長期治療として自動的に漫然と続けるのはいけない。
予防効果の研究がされたこともないし、予防効果があると証明されたこともない。
多くの医師は急性うつ病効果を長期効果と取り違えて誤解している。 この区別は重要である。
——キーポイント————————————-
急性双極性うつ病においてクエチアピンの利益は、真の抗うつ病効果ではなくて、主にうつ病性

混合状態に対する効果である。

私の印象では4章で述べたように、クエチアピンの効果の中身はうつ病性混合状態への効果だろう
と思う。
DSM-IVの混合状態の定義はかなり狭くて、大うつ病エピソードと3つ以上の躁病症状があるも
ので、臨床試験では双極性うつ病に含められている。
たぶん、大うつ病エピソードを経験した双極性障害患者の半数は少なくとも一回か二回またはそ
れ以上の躁病症状を経験していると思う。
したがって、うつ病性混合状態の基準を満たすだろう。
しかしながら、これらの研究はまだ充分に分析されていないので、この疑問に答えてくれない。
生化学的には、最も強力な抗うつ薬効果を持っているのはひとつはジプラシドンで、これはセロ
トニン再取り込み阻害効果が極めて強く、もうひとつはアリピプラゾールで、これは直接の5HT1Aのアゴニストである。
急性双極性うつ病に対して、アリピプラゾールは、初期の研究では無効、ジプラシドンに関して
の無作為化試験はもうすぐ公開されるだろう。
アリピプラゾールに関しての初期のネガティブデータは研究デザインの問題として説明されるだ
ろう。
私の臨床経験では急性双極性うつ病の一部患者に有効であった。
17-8 非定型抗精神病薬の副作用
17-8-1 遅発性ジスキネジア(TD)
困った神話がいろいろある。遅発性ジスキネジアの危険は時間と共に高くなる。遅発性ジスキネ
ジアは不可逆的である。急性錐体外路症状があればのちのち遅発性ジスキネジアになるリスクが
高い。すべての抗精神病薬は遅発性ジスキネジアをひき起こすと証明されている。以上は全部、
神話である。
しかし、シゾフレニーでは自然発生する遅発性ジスキネジアの頻度と関連している。それは健康
若年成人で約0.5%。
これは健康者や感情障害患者と対照的であって、これらでは、60歳以下での自然発生的遅発性ジ
スキネジアは特に高くなっていない。
しかし60歳を過ぎると、精神科的ではない病気を持つ一般人口の中で、遅発性ジスキネジアの自
然発生率は約0.5%である。
これらの自然発生率はおそらく脳の錐体外路の変異を反映しているのだろう。
したがって、シゾフレニーでは生涯にわたって遅発性ジスキネジアのリスクがある。それは脳の
一部の領域に変異があるからだろう。
そして人生の晩年に遅発性ジスキネジアの発生率が高いのは脳機能の徐々に進行する変性が問題
の領域に起こる結果だろう。
結果として、遅発性ジスキネジアは抗精神病薬とは無関係に起こる。
我々の関心は薬剤に関係したリスクにあるので、自然発生的遅発性ジスキネジアを抗精神病薬の
せいにしないように注意が必要である。
伝統的抗精神病薬の遅発性ジスキネジアの長期研究でおそらく最も注意深く行われたものは、
Yale大学のもので、精神病性疾患(ほとんどはシゾフレニー)をもつ398名の患者について、1985-
1993にわたり、8年間、3ヶ月ごとに遅発性ジスキネジア・スケールを用いて、プロスペクティブ
に追跡した。
平均遅発性ジスキネジア発生率は年間約5%で、これは高い。重要な所見は、既存の説と矛盾する
のだが、治療の最初の3年間で遅発性ジスキネジアが発生したのは患者のほぼ20%であることだ。
最初の3年が過ぎると、遅発性ジスキネジア発生率は、一定になり年間約1%である。
思い出してほしいのは、シゾフレニーにおける自然発生的遅発性ジスキネジア発生率は年間
約0.5%であることである。
したがって、抗精神病薬を服用したことにより上乗せされたリスクは治療の最初の3年を過ぎた時
には年間約0.5%になる。
以前の遅発性ジスキネジアの文献では、遅発性ジスキネジア全発生率は抗精神病薬治療の約20年
後で約40-50%と推定されていた。
リスク増大は直線的であるとするのもまた神話である(図17.1)。
図17.1
Yale研究が示す所では、リスクは漸近線的である。遅発性ジスキネジア発生の半分は治療の最初
の数年のうちであり、残りの半分は20年間にわたり徐々に発生している。
つまり、Yale研究の担当者が書いているように、一般に信じられているのとは違い、遅発性ジス
キネジアの発生リスクが最も高いのは、抗精神病薬で治療された経験のない人が、はじめて抗精
神病薬で治療を受ける最初の数年である。
19年間にわたり抗精神病薬を服薬してきた患者では、20年目に遅発性ジスキネジアが発生するこ
とはまずないといえるだろう。
治療の最初の数年が過ぎて、その時点で遅発性ジスキネジアが発生しなかった患者は、相対的に
遅発性ジスキネジア抵抗性の患者群であると言える。
そのような患者は遅発性ジスキネジアのリスクはかなり低い。以前には抗精神病薬を服用したこ
とのない患者が新しく処方された場合に発生リスクが高い。
—–ヒント———————————————-
遅発性ジスキネジアを発症せずに5-10年以上経過した患者では将来の遅発性ジスキネジアの発生

を恐れて、抗精神病薬を中止する必要はない。

また図17.1について注意して欲しいのだが、これらの症例の全てが不可逆性遅発性ジスキネジア
というわけではない。
遅発性ジスキネジアはしばしば一過性であり、時間がたてば解決してしまう。
先述の報告で遅発性ジスキネジアを発症した人も、数年後にも症状を呈しているわけではないこ
とがある。
Yale研究の知見は全般に、他のプロスペクティブな遅発性ジスキネジア研究の多くによって確認
されている。
ただし、シゾフレニーの高齢者(この研究では60歳以上)の遅発性ジスキネジアのリスクは、さらに
高くなっている。
いろいろな研究をまとめると、伝統的抗精神病薬による治療の最初の一年では、遅発性ジスキネ
ジアのリスクは25-38%、2年後には34-66%である。
従って、高齢患者では1年のうちに、若年成人5年で起こるのと同程度の割合で、遅発性ジスキネ
ジアが発生している。
私がこれらの点を強調したいのは、これらは非定型抗精神病薬では遅発性ジスキネジアのリスク
がどの程度なのかを知る我々の能力と関係があるからである。
医師からしばしば聞くのだが、我々は非定型抗精神病薬について遅発性ジスキネジアのリスクを
評価できるほど十分には経験がない。
医師は10-20年かけて追跡して、評価することが必要だと考えている。
しかし、伝統的抗精神病薬について以前に出されたデータに基づけば、リスクが高い期間は3-5年
であり、
非定型抗精神病薬でも同じようなデータが得られる。
リスペリドンについて、二重盲検比較対照試験(n=3298)で、臨床患者に最初の一年では、遅発性
ジスキネジアの発生が0.6%、それに対してハロペリドールでは2.7%。
オランザピンでは、シゾフレニー、統合失調感情症、統合失調型障害の1714名に対して、2.6年間
、オランザピンまたはハロペリドールのいずれかでの二重盲検で、1年での遅発性ジスキネジアの
リスクはオランザピンで0.52%、ハロペリドールで7.45%(p=0.002)。
リスク比は11.86(95%信頼区間CI=2.30,61.14)、従って、遅発性ジスキネジアのリスクはハロペ
リドールでオランザピンのほぼ12倍高い。
リスペリドンとオランザピンを使用したときの遅発性ジスキネジアの発生率は、シゾフレニーで
の遅発性ジスキネジアの自然発生率と等しい。
もし非定型抗精神病薬が治療の最初の一年で伝統的抗精神病薬と同じくらいのリスクがあったら
、ハロペリドールで見られるのと同じ程度で、5-10%の範囲での発生率を予想するところだ。
治療の最初の一年は遅発性ジスキネジアの最大の危険期間である。
リスペリドン使用での遅発性ジスキネジアのリスクはまた、シゾフレニーのハイリスク高齢者で
研究されていて、治療9ヶ月時点でリスペリドン使用では遅発性ジスキネジア発生率は約5%、一
方ハロペリドールでは30%(全n=122)であった。
私は、遅発性ジスキネジアは非定型抗精神病薬で起こらないと主張しているのでもないし、起こ
ったとして非定型抗精神病薬のせいではないと言っているのでもない。
しかしそのような遅発性ジスキネジアは非常にまれであり、非定型抗精神病薬により起こった遅
発性ジスキネジアは軽症であると考えてよい十分なエビデンスがある。
CATIE研究で以前に遅発性ジスキネジアがあった患者はベルフェナジン治療から除外されており
、従って、遅発性ジスキネジアリスク比較は非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬の間ではできな
いことになる。
17-8-2 錐体外路症状
ほとんどの医師は錐体外路症状のことを、パーキンソン様手指振戦と固縮のことと見なしていて
、しばしば遅発性ジスキネジアを錐体外路症状の一部と考えているようだ。
この考え方だとアカシジアを無視している。アカシジアは私が考えるには、錐体外路症状の最も
重要ものであり、それは自殺に関係するからである。アカシジアは容易に他の症状と混同され
るし、困ったことに服薬不遵守に最も関係している。
普通の考えでは、急性錐体外路症状と将来の遅発性ジスキネジアのリスクに関係があるとするの
だが、それは証明されていない。
高力価定型抗精神病薬は、低力価薬に比較して遅発性ジスキネジアを引き起こしやすいとは思え
ない。
さらに、医師は錐体外路症状という言葉で急性副作用を意味する傾向もあり(すなわち、治療の最
初の一週間から数ヶ月で見られる症状)、私は錐体外路症状の定義から遅発性ジスキネジアを除外
したい。
従って、錐体外路症状は、急性パーキンソン様手指振戦または固縮、急性ジストニア、急性ジス
キネジア(通常は可逆的で遅発性ジスキネジアに進行しない)、急性アカシジアである。
もちろん、パーキンソン様手指振戦または固縮はしばしば最も医師の注目を引くのだが、それら
の症状が客観的で、比較的容易に観察可能だからだろう。
そうしたパーキンソン様副作用は抗コリン作用薬剤に反応する。
従って、低力価伝統的抗精神病薬は、高力価薬剤に比較してパーキンソン様症状を呈することが
少ない。
あるいはその代わりに、ベンズトロピン(Cogentin)のような抗コリン剤を使えば、これらのパーキ
ンソン様症状を軽減できる。
一方、これらの抗コリン剤はそれ自体の副作用がある(たとえば口渇、便秘、認知障害)。
パーキンソン様副作用とは対照的に、アカシジアは診断も治療もしやすい。
17-8-3 アカシジア:最も重要な錐体外路症状
錐体外路症状の半分はアカシジアを呈する。
アカシジアを見逃すと、錐体外路症状の半分は他の症状と誤診される。
控えめな見積もりでは伝統的抗精神病薬で治療されている人の約25%がアカシジアを呈する。
—-表17.2 錐体外路症状(EPSs)————————-
1.パーキンソン様手指振戦
2.固縮
3.急性ジストニア
4.急性ジスキネジア 1.-4. 50%

5.アカシジア 5. 50%

アカシジアの半分は遅発性で、治療の最初の一ヶ月が終わっても症状を呈することなく、3ヶ月程
度してからやっと症状が出る(中にはまれに、非常に遅延して慢性のものがあり、すなわち「遅
発性」アカシジアである)。
アカシジアには主観的症状と客観的症状がある。
主観的症状としては、非常な不機嫌、極端な不安、その不安はパニック発作に似ているほどで
ある。
客観的症状としては、身体的落ち着きのなさ、正座不可能がある。
この落ち着きのなさは必ずしもずっとあるものではなく、間欠的な場合もあり、一日に数時間か
それ以下の場合もある。
したがってアカシジアは、診察室で観察するだけでは発見できない場合もある。
医師は質問して、「皮膚の外にジャンプして飛び出したくなる」ことがないか確かめる。
私の経験では、これでイエスならば、アカシジアに特徴的な症状である。
しかしノーだからと言ってアカシジアを除外できるわけではないが。
こうした特徴を元に考えると、アカシジアはしばしば他の症状と誤診されていると思う(表17.3)。
———表17.3 アカシジアの誤診の可能性—-
躁病
不安焦燥
精神病
アクチベーション

パニック発作

私の経験では、最も多い誤診は、曖昧に観察された不安焦燥である。そのような不安焦燥は単に
攻撃的な処方のせいにされることが多い。
しかしこの曖昧な記述は医師に対処法について何の情報も与えない。
同じ問題は、さらに曖昧なアクチベーションという言葉で起こる。
私はアクチベーションについて非定型抗精神病薬で聞かされたが、同様に、フルオキセチンのよ
うなSRIsでも聞かされる。
特に、SRIsでは、「アクチベーション」や「不安焦燥」は実はアカシジアであることが多い。
同様の誤診は躁病でも生じている。
そしてこの誤診は不安焦燥問題とリンクしている。
時に医師は双極性障害患者を見て不安焦燥を観察し、(躁病診断基準をきちんと当てはめないで)躁
病と診断する。
これは私の直感であるが、非定型抗精神病薬を投与した「躁病」と称されている多くのケースが
、実はアカシジアだろう。
最後に、そのような不安焦燥は、シゾフレニー患者で精神病症状の悪化と誤診されることもある
だろう。
—キーポイント———————————
1970年代と80年代のアカシジア研究のリーダーの1人、Theodor Van Putten は、たくさん残した
研究の中で、アカシジアがもとになって精神症状が悪化した経験を持つシゾフレニー患者は全体
の10%に達するとしている。
これらの患者では、アカシジアに関係のない精神病症状からアカシジアを鑑別することが重要で
ある。
アカシジアが原因で一見精神病と見えるケースでは、症状は抗精神病薬を減薬すれば改善する。

一方、精神病では、抗精神病薬を増量するのが適切である。

アカシジアは錐体外路症状の半分であるが、それは別として、副作用としてのアカシジアを正し
く診断することが大切なのは、服薬遵守と自殺に関わるからである。
多くの文献と同じく私の経験からも、服薬遵守不良が問題である。
多くの患者は軽度のパーキンソン様手指振戦や固縮は我慢できる。しかしアカシジアとなると軽
度のものでも相当我慢しにくい。
患者はアカシジアをすぐに緩和してくれという。
この場合は普通は抗精神病薬の減薬か、減薬すると効果が落ちて困るときにはインデラルのよう
なβブロッカーを加える。
私は通常10㎎一日二回、もし必要ならば徐々に増量して最大で40㎎一日二回を使う。
大切なのは基線となる脈拍をチェックし、増量するに従って最低脈拍が50/分を下回らないように
することである。
アカシジア治療にどのβブロッカーがいいのかについては、良い研究がない。
アテノロールのような心臓選択的な薬剤が時に有効であり、血液脳関門を通過しない利点がある
。インデラルは通過してしまう。
ときに医師がインデラルを回避するのは、中枢神経に効いてうつ病や鎮静のリスクが報告されて
いるからだ。
メタ解析によれば、インデラルによるうつ病の相対リスクは極めて低く、私の経験では、双極性
障害患者はインデラルを使用しても極めてまれにしかうつ病にならない。
インデラルはまた直接中枢神経に効いて、抗不安作用があるので、アカシジアに際しての主観的
苦痛を緩和してくれる。
したがって私はインデラルで開始して、インデラルに認容性がないときにのみ、心臓選択的薬剤
に移行する。βブロッカーに伴う他の一般的なリスクのせいで使用は制限されることがあるが、長
期使用によるコレステロール増加、男性の性的機能不全(インポテンス)、重症糖尿病や気管支喘息
などの相対的禁忌などがある。
結局、アカシジアはときに抗精神病薬を変薬する充分な理由である。まず使用している抗精神病
薬を減薬し、βブロッカーを加えるが、それが無効か、理由があって禁忌の場合には変薬する。
どんな場合にも、アカシジアはそのままにしておいてはいけない。
素早く緩和すること。
アカシジアを見逃していると自殺につながる。
自殺の場合には、患者が強烈な不機嫌、不安、落ち着かなさが副作用であるという認識にかけて
いることが一因の場合がある。
不機嫌、不安、落ち着かなさなどは、うつ病の症状とか躁病の症状とされてしまうことが多い。
そして失望し、時に自殺するが、その場合、自殺は唯一の可能な慰めなのだ。
フルオキセチンに関係する自殺ではこうしたプロセスが多いと公表されている。
また、医師は患者にアカシジアの性質を教育することが必要である。また、アカシジアが疑われ
るときには、全力でアカシジアを解決し、可能なかぎり自殺の危険を少なくしたい。
17-8-4 非定型抗精神病薬の錐体外路症状リスクの違い
すべての非定型抗精神病薬は錐体外路症状を引き起こすと強調するのが大切である。
伝統的抗精神病薬との違いは、非定型抗精神病薬では、錐体外路症状が少ないことである。錐体
外路症状がひとつも起こらないのではない。
医師は非定型抗精神病薬と伝統的抗精神病薬で錐体外路症状が同じだとの報告を目にするだろ
うが、これは錐体外路症状がゼロだという意味ではない。
臨床試験の患者は「クリーン」であり、医学的にも精神医学的にも錐体外路症状の発生率を増や
したりするような合併症はなく、結果として錐体外路症状の発生率は低下している。
そのような副作用はむしろ、実際の世界の「制御できない」環境(「naturalistic」研究)において把
握されやすいものだ。
いい例がSRIsで発生する性機能障害である。最初は臨床試験で否定されたのに、実際の臨床で明
らかに普通のものになった。
非定型抗精神病薬と錐体外路症状の関係を要約すると、低力価非定型抗精神病薬ではパーキンソ
ン様の副作用の発生は少ない(表17.4)。しかし、アカシジア発生率は、力価ごとにあまり違いは
ない。
—–表17.4 非定型抗精神病薬使用量———-
クロザピン 200-600 眠前
リスペリドン 2-6 眠前
オランザピン 5-20 眠前
クエチアピン 300-600 一日二回
ジプラシドン 80-160 一日二回

パリペリドン 3-12 眠前

最近のリスペリドンについてのコミュニティ・ベイストな複数の研究はみな類似していて、ある
研究では、錐体外路症状はリスペリドンで49%、ハロペリドールで48%で似ている。また、認知
症のある高齢者患者の50%で中等度のパーキンソン病を呈した。2つの他の研究は小規模で、ひと
つはシゾフレニー、1つは双極性障害であるが、アカシジアの率は14%である。
各薬剤での錐体外路症状発生率を比較すると、クロザピン(n=19)、リスペリドン(n=9)、定型的抗
精神病薬(n=22)で10.5%、11.1%、22.7であった。パーキンソン症状はクロザピンで0%、リスペリ
ドンで11.1%、定型的抗精神病薬で31.8%であった。
オランザピンで二重盲検臨床試験をした結果では、アカシジア発生率は約7-14%、ハロペリドール
では21-33%であった。
要約すると、アカシジア発生率は非定型抗精神病薬で10-20%の範囲であり、伝統的抗精神病薬よ
りは低いものの、無視して良いほどではない。
17-8-5 非定型抗精神病薬誘発性の躁病
非定型抗精神病薬が躁病を引き起こすかどうかについては過去に多くの議論があった。
この思索の多くは、これらの薬剤が、躁病治療において、明確な有効性があるかどうかにかかっ
ている。
しかし現在の臨床経験によれば、新規薬剤のうちいくつかは、たとえばジプラシドンやアリピプ
ラゾールのように、実際にある場合には躁病を起こすだろう。
これら薬剤は抗うつ薬類似の生化学的メカニズムを持ち、高いリスクで抗うつ薬効果が躁転につ
ながるようだ。
この可能性が、自然経過には反する薬剤作用によって引き起こされているかどうかを決定するた
めに、さらに研究が必要である。
17-8-6 その他の薬理学:量とラボテスト
多くの研究と同じなのだが、私の経験では、非定型抗精神病薬は双極性障害ではシゾフレニーの
場合の半分の量でよい。
このように少量を使用するのは、双極性障害では副作用が出やすいからである(特に錐体外路症状)

かつ/または、少量でも強く効いてしまうからである(非定型抗精神病薬では、セロトニンブロック
は最強、ドパミンブロックは中等度というようなエビデンスが最も多い)。
したがって、リスペリドンは2-4㎎/日で通常充分であり、オランザピンは5-15㎎/日、クエチアピ
ンとクロザピンは100-200㎎/日、ジプラシドンは20-80ミリ/日である。
私の経験では、双極性障害でこれ以上の大量を要することはまれである。
ジプラシドンは例外として、全て一日一回投与である。
明らかに、非定型抗精神病薬には二つの主要な副作用がある。メタボリック・シンドロームと錐
体外路症状である。
錐体外路症状については既に論じた。
メタボリック・シンドロームについて言えば、クロザピンとオランザピンで問題になり、クエチ
アピンとリスペリドンで少ないながらも注意が必要である。
最新のジプラシドンとアリピプラゾールでは、このリスクはないようである。
しかしながら、FDAは黒枠警告としてこの分類の薬剤はすべて、糖尿病と脂質異常のリスクがあ
るとしている。
表17.5が、アメリカ糖尿病協会(ADA)の現在のガイドラインであり、非定型抗精神病薬に関しての
評価と予防、対策が示されている。
—–ADA/APA 同意声明文———————
肥満、糖尿病と脂質異常の発生は、第二世代抗精神病薬の間で違いがある
ジプラシドンとアリピプラゾールは体重増加、糖尿病そして脂質異常にほとんどまたは全く関係
しない。
クロザピンとオランザピンは体重増加に非常に大きく関係し、脂質異常や糖尿病とも関係する。
リスペリドンとクエチアピンは異なった副作用である。
アメリカ糖尿病協会(ADA)とアメリカ精神医学協会(APA)は精神病治療において第二世代抗精神病
薬の相対リスクを評価した。
ADA/APA同意ガイドライン
医師は治療を選択する前にそれぞれの抗精神病薬に関してのメタボリック副作用に注意するよう
勧告する。
体重が5%以上増加した場合、または血糖値悪化、脂質異常悪化が見られた場合、非定型抗精神病
薬を変更することも医師は考慮すべきである。

資料:Diabetes Care.2004;27:596-60

—–表17.5 非定型抗精神病薬使用に伴うメタボリック・シンドロームのリスクに関するアメリカ
糖尿病協会のモニター・ガイドライン———–
薬剤 体重増加 糖尿病 脂質異常
オランザピン +++ + +
クロザピン +++ + +
リスペリドン ++ D D
クエチアピン ++ D D
アリピプラゾール+/- – –

ジプラシドン +/- – –

大切な点は、メタボリック・シンドロームのリスクは体重増加と独立であること、しかしながら
明らかに、もし体重増加があったなら、メタボリック・シンドロームの危険は高くなることだ
ろう。
表17.6を要約すると、非定型抗精神病薬は様々な副作用で異なるが、錐体外路症状と体重増加、メ
タボリック・シンドロームは共通である。
クロザピンは重要な副作用としててんかん発作と無顆粒球症があり、毎週または2週に一度の血液
検査が必要である。
—–表17.6 非定型抗精神病薬での副作用の違い—————-
クロザピン:てんかん発作、無顆粒球症
クロザピンとオランザピン(おそらく、程度は軽いが、リスペリドンとクエチアピン):メタボリック
・シンドローム、高脂血症、糖尿病、糖尿病性ケトアシドーシス
リスペリドン:プロラクチン上昇
ジプラシドンとパリペリドン:QT延長

クエチアピン:おそらく白内障リスク

リスペリドンはプロラクチン上昇が起こる。この異常はラボテストでは多いのだが、臨床的に副
作用として認知される場合は少ない(患者の5-10%、主に乳汁漏出症、無月経、性的機能不全)。
この副作用は更年期障害や月経障害の女性に相当し、プロラクチン上昇があると骨粗鬆症リスク
が増える。
ジプラシドンは心電図でQT延長が見られ、他の非定型抗精神病薬に比較して顕著である。しかし
伝統的抗精神病薬に比較すると少ない。
最新のパリペリドンは、リスペリドンの活性代謝物であるが、これもQT延長が見られる。
心臓に既往症のある場合は、定期的なECG検査が賢明である。

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